ブログ

カテゴリー "鈴木晴香"

こんばんは。鈴木晴香です。七夕でしたね。

『塔』6月号、上杉憲一さんによる連載「わたしのコレクション 星の歌」では、七夕の歌が特集されていました。

クレヨンでうちゅうひこうしになりたいと書かれた短冊天文館に/上杉憲一

織姫にとっては、自分の方へ向かって飛び立とうとする、新たな星を発見したような気持ちではないでしょうか。

私も短冊を書きました。

「早く大人になりたい。」

切なる願いです。織姫も忙しいです。

 

みなさんこんにちは。鈴木晴香です。

相国寺承天閣美術館に「若冲と近世絵画」展を観に行きました。

若冲の絵の中には、リアルに描かれるところと、デフォルメして描かれるところ、漫画のように描かれるところが混ざり合っていて、その中に不思議な生命力を感じました。
葡萄の木など、蔦や枝が異様に絡み合っていて、本物の葡萄以上に、

生きている!

という感じがしました。

相国寺は静かで、いつ行ってもいいところです。
外国の教会とお寺の違いは、境内に庭がある、というところだな、と突然思い当たりました。
緑や石や苔に包まれた庭を歩く道が、異世界への入り口になっているのだと。

みなさん、こんにちは。鈴木晴香です。

晴れた水曜日に、京都市京セラ美術館へ『平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)』という展覧会を見に行きました。

京都市京セラ美術館は、天井が高くて広々としてて、大きなガラスの向こうには庭が見えて、なんだかそれだけで心の広い人間になったような気分です。

『平成美術:うたかたと瓦礫(デブリ)』は、「経済的な停滞と未曾有の災害に繰り返し見舞われた平成の時代」に作られたアート作品がどのように時代に応えてきたのかを振り返るというもの。下の写真はChim↑Pomの「ビルバーガー」。ビルから切り出されたコンクリートにビルの残置物が挟まっています。

美術館のカフェからは、平安神宮の鳥居が見えました。

あ、飛行機雲。

と思って慌てて写真を撮ったら、こちら側の蛍光灯が映り込んでいただけでした。

 

 

 

 

みなさん、こんにちは。鈴木晴香です。

桜の季節にブログの担当が巡って来てラッキー!!という気持ちを隠さずに、

思いっきり桜の写真をあげます。これは京都の鴨川沿い。

かもがわのさくら

櫻花は天使の肉片という言い訳が水溜まり一面に ほら 兎、其処を動けない /石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』

「天使の肉片」ということばにびっくりする。

びっくりしているうちに、私も動けなくなりそう。

みなさんおはようございます。鈴木晴香です。

大阪の詩歌専門書店「葉ね文庫」で、1年を通して行われている「葉ねのかべ」。
短歌や俳句や川柳と、アートがコラボレーションする企画です。

数ヶ月の単位で内容が入れ替わるのですが、現在は、中山奈々(俳句)×鈴木マヤ子(絵画)の展示中ということで、行ってきました。

一文字が抜けぬ眼の夜長かな/中山奈々

秋の夜長のこと。
眼の中に棘が入って取れないように、
ある「一文字」が残像となって目に映り続けている。
それは、嬉しいとか悲しいとか、簡単な感情に押し込められないものだから、
長い夜のあいだじゅうずっと囚われ続けてしまう。
「抜けぬ」という動詞にはっとする一句です。

この句と、鈴木マヤ子さんの眼のような絵の存在感が重なり合って、すっかり圧倒されました。
中山奈々さんの文字も生き物のようで、文字そのものが語るとは、こういうことかと感じます。

こんばんは。鈴木晴香です。

秋ですね。もう冬か。
でも、まだ、紅葉は色づいていて、未練があるようです。

金色のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に/与謝野晶子

金色の小鳥が空を舞って、夕日に溶けてゆく世界に、一瞬にして連れていかれるよう。晶子の目に、秋はこんなにも可愛らしく映っていたのかと、胸を打たれます。

さて、もみじを、なにに喩えよう。

もみじをまんじゅうにしよう(言わずと知れた、広島の名物です)と思ったとき、
もみじを天ぷらにして揚げよう(箕面の名物です)と思ったとき、
そこには詩があったのだと思います。

第35回国民文化祭・みやざき2020「みやざき神話のふるさと短歌大会」では、全国から短歌を募集しています。(応募締切 令和2年10月31日)

詳細は下記チラシをご覧ください。

応募用紙

 

 

 

こんにちは。

毎日夏ですね。当たり前ですが。
でも、当たり前のことが当たり前ではないことに気づくこの2020年です。

ラジカセの音量をMAXにしたことがない 秋風の最中に / 五島諭

たまたま入ったカフェでラジカセというものを久しぶりに見て、この歌を思い出しました。
ラジカセの音量だけではない。
自分の声も、短距離走も、長距離走も、恋も、友情も、すべて、
いつだって少しずつ気を遣って、ボリュームを下げている。
音量を下げた状態が日常化していて、
なにも感じないようになってしまっている、そんな静かな秋風が肌に触れているようです。

今年の秋風の最中には、どのような世界になっているのでしょうか。
秋は、まだまだずっと先です。

みなさんこんにちは。鈴木晴香です。
暑い日が続きますね。

あまりに暑いので、お昼休みに水遊び。
日差しを遮るものがない川など、余計に暑く、
オフィスにいた方がよっぽど涼しいのですが、
水を見ているとなにか、体の内側が冷えてゆくような気がします。

とび石の亀の甲羅を踏みわたる対岸に長く夫を待たせて/大石悦子

2012年の歌会始に選ばれた短歌です。
先にどんどん進んでしまった夫、ゆっくり一歩ずつ進んでゆく妻。
つれない夫のように見えるけれど、でも、妻が転ばないか対岸でちゃんと見守っている。
妻の方は、夫が待っていてくれるから、安心して足を踏み出すことができる。
そういうふたりの、静かな、しかし深い繋がりが見えてきます。

そしてこれは、ふたりの人生のこれまでもこれからも示しているんだろうなと思います。

私はこの時の題は「亀」だと思っていたのですが「岸」だったんですね。
そのくらい、この亀の愛らしさが印象的で、
荒神橋を渡るたびに(それは私にとって毎日の出来事ですが)、この歌を思い出すのです。

みなさんこんにちは。鈴木晴香です。Stay homeの毎日、どうか健康に過ごしてくださいね。

家で過ごす時間が多くなって、今まで読めなかった本を読んでいる人も多いのではないかなと思います。

この機会に私が読んだのが原田マハさんの『楽園のカンヴァス』。

そもそも私は画家のルソーを愛していて、何年か前にニューヨークに行った目的も、1番は友人に会うためで、2番はMoMAにあるルソーの「眠るジプシー女」を見るため、それ以外にはない、と言う感じでした。

それなのに、ルソーの絵画が主人公である『楽園のカンヴァス』を積んでおいたのは不覚でした。『夢』というルソーの作品にまつわるミステリー。どきどきする展開に心も体も引き込まれて、ますますルソーが好きになったのでした。

ルソーといえば、NHK・Eテレの「びじゅチューン」。井上涼さんが「眠るジブシー女」をモチーフに作った「ルソー5」という音楽とアニメーションは「びじゅチューン」の中でも最高の作品で、ボヘミアンとライオンとマンドリンと枕と壺と一緒に踊っちゃいます。

ページトップへ