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カテゴリー "川本千栄"

昨日は消しゴムの話だったので
今日は鉛筆の話を。

河野裕子4Bのちびた鉛筆で会ふなり我に書き込みをせり
             大口玲子『東北』(2002)

河野先生は直感的に人の本質を掴むようなところがありました。
大口さんも初対面でズバリ何か言い当てられたのでしょうか。
それを「我に」書き込みをする、
と表現したところが短歌ならではです。

「4Bのちびた鉛筆」という具体が生きています。
ちびた鉛筆を持って少し前屈みのような姿勢で
「我に」書き込みをした河野裕子。

場面が生き生きと再現されます。

なぜか使いかけの消しゴムが集って来る。
使ってもそう減るものでもないので
どんどんたまっていきます。

まん中の豆腐のような消しゴムは
ン十年前に買ったもの。
校正の時に河野先生に
「大きな消しゴム持ってますね。」と
言われた一品です。

書くことは消すことなれば体力のありさうな大きな消しゴム選ぶ
                 河野裕子『体力』(1998)

「書くことは消すこと」という断定に、
だからこそ「書くこと」への強い意志を感じます。

私が「塔」に入会する少し前に出た歌集なので、
当時の「塔」には歌集広告としてこの歌がよく載っていました。

米津玄師と並んでヨルシカもお気に入りの通勤用CD。
(といってもこの2枚以外「最近の」音楽は持って無いのですが。)

ヨルシカの「思想犯」という曲を聞いていると
「入れ物もない両手で受けて」という歌詞があります。

これって、

入れものが無い両手で受ける 尾崎放哉

とほぼ同じ。
ちょっとググってみると、ヨルシカは他にも
子規の句なども歌詞に取り入れているそうです。

短歌・俳句・詩はよく一緒に語られますが、
実はポップスの歌詞とも影響を与え合っているのでは?と思います。
というか同時代的に一番影響があるのかも。

歌詞だけでなく、リズムなども影響があるだろうな~
なんて考えたりしながら聞いています。

米津玄師の「フラミンゴ」を
某CMで聞いて好きになりました。
さらにyoutubeにオススメされて
「Lemon」を聞き、これも好きに。

この二つが入ったCD「Stray Sheep」を買って
通勤の車内で聞いています。

いい歌詞を聞くと、単語レベルでも
自分の短歌に取り入れたくなります。

さて先日、こんな歌を読んでニヤリとしました。

米津玄師に「Lemon」を書かせた祖父といふ死に人ひとり除夜を佇ちをり 
                    林和清『朱雀の聲』

聞いてますね~。米津玄師が紅白に出た際の歌でしょうか。

「そもそも歌集ってどう読んでる?」の
アンケート出していただけましたか?

締め切りは明日6月15日です。
ネットならまだ間に合います。
5月号の248ページをご覧下さい。
回答フォームのアドレスとQRコードが載っています。

9月号=800号記念号の特集を充実したものにするために
皆様のご協力をお願いします!!

9月号では座談会も行われており、
歌集を読む喜びが誌面で爆発します!!
皆様もアンケートに答えて、一緒に盛り上がって下さいね。
自分も参加すると読む時の気持ちが変わりますよ!

次に、お得な情報です。

「はじめてのZoom歌会」の定員に空きが出ました!
早い者勝ちですのでお急ぎお申し込みください。

(*追記:定員に達しました。ご応募ありがとうございました。6月15日(火))

6月27日(日)14:00~です。

申し込みはこのページの右上の
イベント・歌会 ⇒ イベントカレンダーをクリック。
6月27日の欄をクリックです。

人数が多い歌会では、もっと自分の歌について
選者に聞きたいのに・・・なんてなりがち。
でもZoom歌会なら快適。少ない人数で画面上は密にじっくりお話できます。
参加された皆様から大好評をいただいているイベントです。

「Zoom?無理無理!」なんて思ってませんか?
司会の方が、事前練習してくださいます。出来るようになるまで!
こんなことしてくれる短歌結社は「塔」だけ!!(多分・・・。)

コロナが収束した後も、社会の色々な面で、
Zoomの需要は減らないのではないかと言われています。
それなら大好きな短歌で、Zoomに慣れちゃいましょう!

本日、半年に1回の編集会議が行われました。
コロナ対応でZoomによる開催でした。
ご無沙汰している皆様に久しぶりに
お会いできてとてもうれしかったです。

会議はみっちり13:00~17:00。
今後の誌面について、全国大会について等々
もろもろの議題が話し合われました。
数年先まで見通しての計画的な運営です。

Zoom会議なので、写真は『塔』の表紙で代替させていただきます。
(しかも今自分が鋭意読んでいる5月号・・・。)

半年に一回の編集会議の前には、2か月に1回の企画会議で誌面の案を練ったり、
全国大会の事務局が大会の案を練ったり、それぞれの部が案件を持ち寄ります。

それ以外の実質的な作業として1か月に1回の初校と再校、割付があります。
たくさんの人手を経て『塔』は会員の皆様のお手元に届いています。

ネットと違って、詠草を出してから、
それが冊子となって皆様のところに戻ってくるまで
長~~くかかりますが、愛と心を込めて編集しております。

どうぞお手元に届いた『塔』誌を可愛がって下さいね!


『塔』の再校は現在、京都市内の色々な会館でやっています。
「こどもみらい館」「ハートピア」「京都教育文化センター」等。

去年、2020年の3月までは岩倉の永田家でお世話になっていました。
私も20年近くお世話になったでしょうか。
車で京都の南の伏見区から北の岩倉までほぼ京都市縦断。
毎月毎月決まったように行っていたのに
もう思い出になってしまったのですね。

校正の後、お食事をいただいたり、新年会をしたのも思い出です。
ちょっと何年だったか記憶が定かではないのですが、
お庭でバーベキューをしたこともありました。
食後一首ずつ歌を詠んだなあ。
2000年ぐらいだったでしょうか。

昔の『塔』を見ていたら裕子先生のこんな歌がありました。
最初の一行は詞書です。

第一日曜日は私宅にて割付、校正作業
うちつれて一時頃にはやつて来る二升の米を四回に炊く
二十人が集りて飲むのはあと何年、赤飯のあとに酢飯を炊く
いまだ来ぬ一人のために残しおく茨(いばら)の葉つぱに包みし草餅
酒呑めば話は大袈裟になりゆくを誰も怪しまず夜の桐の花
河野裕子 『塔』2002年6月号

〈追記〉
このバーベキューは2001年7月8日のことだと分かりました。
私は校正作業初参加。印象に残っていたはずです。
即詠の題詠歌会のお題は「バーベキュー」。
七夕ということで、一首ずつ自作を短冊に書き
お庭の竹に下げました。
『塔』2001年8月号の裕子先生の「編集後記」に見つけました。


写真は竹間公園の桜です。
『塔』の再校があった日曜日は
20℃近い気温ですっかり春のようでした。
桜の蕾も少し色付いてる!?

さて、小学校の3年か4年の時に
竹間小学校で映画の上映会がありました。
竹間の生徒以外でも希望者は見に行っていい、
と先生は説明しました。

クラスの誰かが聞きました。
先生、竹間小学校はどこにあるのですか。
先生は答えました。
「竹間小学校に行くのは簡単です。
 竹屋町通りと
 間之町通りの角にあるから竹間小学校なんですよ。」

「君子ノ道ハ日ニ彰ナリ」を耳にタコができるほど
聞かされて、校名ってそんなもんだと
思っていた私たちは驚きました。

竹屋町通りと間之町通り…
それって地名やん!?
地名を校名にしていいの?

いいんです!!!
小学校六年生で転居した私は
公立の小中学校の校名は、
地名が元になっているのが、ほとんどだと知りました。
日彰より竹間の方が名前の付け方としては普通だったのです。

例えば私は宇治市立宇治中学校に進学しましたが、
「北宇治」「東宇治」「南宇治」「西宇治」中学に
その四囲を固められていました。

その後少子化のためか京都市内の小学校は統廃合が進み、
竹間小学校は「こどもみらい館」になり、
日彰小学校は学校として残りましたが、幾つかの学校が統合したため、
「高倉小学校」という名になりました。
高倉通りにあるから。
それって地名やん!

入学せる第四錦林小学校子は思ひゐしよ「ライオン・キリン」小と 
中村みどり 『塔』2020年11月号

「だいよん・きんりん」小を「ライオン・キリン」小と思っていた子。可愛い。


こどもみらい館の前身、竹間(ちっかん)小学校が
京都の町衆の心意気で作られた番組小学校の一つだと
書きましたが、私も番組小学校に通っていました。
「日彰(にっしょう)小学校」という名です。五年生まで通いました。
併設の日彰幼稚園にも二年通いましたから、
「日彰」の名のつくところに七年いたことになります。

写真は日彰幼稚園の卒業記念のフォークの持ち手です。
「日彰」の文字が見えますか。
何年使ってるんだ、このフォーク・・・。

「日彰」のいわれは中国の古典「中庸」の
「君子ノ道ハ日ニ彰(アキ)ナリ」から来ているそうです。
(今ググってみると微妙に言葉が違いましたが、
 記憶に染みついているのでこれで行かせていただきます。)

立派な人の行ないは目立たなくてもやがて日の下に明らかになる、
ぐらいの意味でしょうか。
しかしそれでは幼稚園児や小学校児童には地味過ぎるからか

  人が見ていないと思って悪いことをしてはいけません。
  お日様が見ていますよ。
  
というアピール性の強い解釈で教えられました。
校長先生のお話の定番でした。
それをまあ幼稚園の卒業式、小学校の入学式、
一学期の終業式、夏休みの登校日・・・と
機会があれば、毎回校長先生は話すのです。

下手したら教室に帰ってから担任の先生まで同じことを言いました。
またか・・・とゲンナリしましたが、
それでもこの小難しい校名が好きでした。今も好きです。
近所の小学校も「明倫」「生祥」「立誠」と
何となく子供になにか言いたげな校名ばかりでした。

明日に続きます。

図書室は校舎の端つこ放課後の西陽のひかりにアンを探しき
立川目陽子 『塔』2021年1月号

小学校の図書室には『赤毛のアン』が似合います。

「こどもみらい館」の2階から4階は
会議室等ですが、1階は幼児の遊び場。
木のおもちゃいっぱいの魅力の空間です。
「みらい館」の前の竹間公園も子供でいっぱい。
写真はそんな遊具の一つです。

これを見てボルダリングを思い出すのは私だけ?
ボルダリング興味あります。
一回ナマで試合を見てみたい。

というのも大学3年生の夏休み、
遊園地でアルバイトをしており
その時ボルダリングに似た遊具があったのです。
もちろん素人用だから比べ物になりませんが
頂上直前はエビぞりになって結構危険。
命綱も無く、よく登ってたなあ。
昔は何でもイイ加減でした。

一回登れるようになったら面白くなり
バイト仲間で何分で登れるか競争したりしてました。
こんなん登れんやろ!?と言ってるお客さんの前で
ひょいひょいひょい~と登ったり、
怖がる子供に「足ここに置いて」って言ったり
お母さんに「お母さんこそ登って!頂上制覇!」とか言って
本当にお母さん登っちゃったり、
そのガッツポーズを写真に撮ったり・・・と
とにかく毎日お客さんと遊び呆けてました。

そしたらですよ、夏休みの終わりに、
優秀バイトとして表彰されたのです。
最優秀バイト3人の中にも選ばれました。

遊びのように楽しんで働いて、
しかも褒めてもらえたのは(長い)人生の中でも、この時だけ。
ボルダリング、懐かしい。

大自然の中での岩登りの歌を。

割れ目つかみ亀の子スラブ攀じのぼる足下に滝はひとすじの光
市居よね子 『塔』2021年1月号

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