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カテゴリー "岡部史"

左側が1986年にアメリカで購入したペンギンブックの
日本の詩歌のアンソロジー(『The Penguin Book of
Japanese Verse』で、初版は1964年。右側のは、2009年に
刊行された改訂版で、数年前、ネットで購入しました。
万葉集から現代詩まで、とにかく盛り沢山の内容です。

改訂版は四十頁も増えていて、特に現代詩の分野で新たに
数人の詩人が加えられているのが、目につきます。選択の基準は
よくわからず。例えば旧版にも登場するTAKENAKA IKU とか。

古い角川文庫の現代詩人全集全十巻を捲ってみて、ようやく
竹中郁という名前を見つけました。この詩人の作品は四篇も
掲載されている。 一方、宮沢賢治は一篇のみ!

平安期の歌人、紀貫之は「KI TSURAYUKI」になっている!確かに
姓は紀(き)だけれど、日本人は間に「の」が入らないと「え?」
って、思っちゃうよね。改訂版でもそのままだった。
さて、短歌はどんなふうに訳されているでしょう。啄木の作品は
13首も紹介されている。きっと訳しやすいのでしょう。

  Working, Working.
  Yet no joy in life,
  Still staring emptily
  At empty hands.

この歌はもとの歌がすぐにわかりますね(わかりにくいのもある。
あんまり有名でない作品が訳されている場合も多いので)。
「楽にならざり」が「no joy」ではまずいんじゃないかな。
もっと生活に余裕のある人が、生きがいや生きる楽しみを
見つけられず嘆いている、みたいに聞こえるけど。どうなんだろう?

と、とにかく突っ込みどころ満載で、なかなか面白いのです。

ワラビーはカンガルーの仲間ですが、写真に写っているのは、
主にオーストラリアの東海岸に生息するSwamp Wallabyの子供たち。
日本ではオグロワラビーなどと紹介されている動物です。
体高1,4~1,7mくらいまで成長するらしい。

この写真は実は、シドニーの動物園内の売店で購入した
『Australia’s Animals』という本の表紙です。売店には
他にも同種の本が並んでいたのですが、このワラビーたちの
愛らしさに魅了されてしまった私は、迷わず購入。
写真満載で、また日本ではあまり紹介されていない、南半球に
生息する各種の動物たちの生態が綺麗な写真入りで紹介されて
いるので、ことあるごとに目を通しています。

シドニーの動物園の素晴らしかったことは、キウイなどという鳥類や
カモノハシのほか、コアラ、フクロモモンガなどの様々な有袋類など。
珍しい動物に沢山出会えた、ということ。さらには、
とにかく広大で、動物たちが自然に近い環境で飼育されていたこと。
歩いて見て回ったので、すっかり疲れてしまいましたが。

その後は、日本の動物園の狭さに、痛々しい思いを抱くことが
多くなりました。人間だって、随分と狭いところで
我慢しながら暮しているんだけれども。飛んだり、跳ねたり
が得意な動物はさぞ、辛いだろうなあ。

  動物園に行くたび思い深まれる鶴は怒りているにあらずや
                伊藤一彦『月語抄』

最近はまっているお菓子、ポルボロンです。
スペインのアンダルシア地方の伝統菓子だそうで、小麦粉を
色づくほどに焼いてから用いることでグルテンがなくなり、
砕けやすさ、もろさ、といった食感が楽しめるのだとか。
お皿にころころと転がるほどの丸い小ぶりの形とか、
口にした時にほろほろと柔らかく崩れる様子とか、まさに
ポルボロン、擬音がそのまま名前になっているような愛らしさ。

でも吉田菊次郎『万国お菓子物語』によると複数形があるのです、
って、スペイン語なんだから当然なのだが、複数形はポルボロネス。
たちまちギリシャの哲人が出現したような気持ちになったのは私だけ?

ちなみに私が一番よく購入するこの写真のものは、「ポルボローネ」
と表記されていて、私は最初、あれ、スペイン語の複数形をフランス風に
読んじゃったからかな(仏語では最後の子音を発音しない)と思ったの
でしたが、単にスペイン語の読み違えのまま伝わったからだそうです。
ポルボロンよりもやや改まった、上品な感じがしますよね。

こんな小さなお菓子も、単複、わかれているんだなあ、となにやら
感慨深い気持ちになったりもして・・・。
スペインでは、たとえば小さな子供と
「ポルボロン、あげるよ」
「いやだ、ポルボロネスにして!」
「今日はダメ。ポルボロンで我慢しなさい」
なんて、会話も成立するのか。
日本語の単複のおおざっぱさが、ここではありがたい気もしたり。

  日本語に単数複数あいまいなことゆかしくて雨のあぢさゐ
                   栗木京子『しらまゆみ』

以前にもこの欄で紹介した、我家の近辺(多摩)に自生する百合です。
十数年前までは八月下旬に開花していたのですが、年々早くなり、
今年は八月上旬に満開となりました。で、庭に出てみると・・。

なんと百合をジャンプ台にした蝉がいたらしい。それも複数・・・。

こちらはまだ咲きかけの、か細い百合。蝉に言い寄られて、イヤイヤ
してるみたいですね。我が家の庭は狭く、すぐ近くに柿の木があるのに
どうしても百合の花に寄り添いたかった、みたいな蝉。
あるいは、とにかく早く羽化したかったのかなあ。
色々な形に、音に、仕草に。林で、野原で、町なかで。
蝉の、鮮烈な命の営みがほとばしる、日本の夏。
「盛夏」を力強く印象付ける、立役者のひとりにちがいなく。

  ふるはせてふるへて蝉の渾身がいのちのみづを絞り出しゆく
                 梶原さい子『ナラティブ』

岡部史です、こんにちは。今朝は五時過ぎにスマホの緊急警報が
二度も鳴りました。豪雨による土砂災害危険区域が近くにあるのです。
皆さんのお住まいの所では、如何でしょうか? もうこれ以上の
被害がありませんよう。祈るばかりです。

気分が少しでも変わるよう、花の話題を。写真は二か月近く前、
庭に咲いたアガパンサスです。南アフリカ原産。名前の由来は
ギリシャ語のアガペー(愛)+アントス(花)の組合せからだそう。

 きみが好みしアガパンサスが花つけぬ去年は四本ことし三本
                小池光『思川の岸辺』

今は施設にいる私の母も大好きで、我が家のこの花も母が移植して
くれたもの。でも、これだけの大きな花を長い茎が支えているので、
根の方を見ると、まるで巨大な蛸が、のたうっているようなのです。
植物の底力を感じます。

2021年3月に刊行された『3653日目(塔短歌会・東北)
震災詠の記録』(荒蝦夷)についての記事が、五月七日の
朝日新聞朝刊の文化欄に、写真付きで掲載されています。
詠み続けていく、とにかく続けていく・・そのことの意味を
あらためて考えさせられる内容でした。

離れて暮らしていると、日々の雑用の中で、つい忘れがちな私。
なんらかのかたちで、寄り添っていけたら、と思いつつも
東北を訪れるときは、一観光客でしかなく・・・。
でも「来てください、とりあえず見ていってください」と声を
かけて頂いたこと、ずっと心に残っています。
以下は4年前に宮城県を訪れた際の、松島での写真です。

 遊覧船の発着案内告げる声 人らは動く時刻表どほり
 遺されるひとのあるらむこの先を生きねばならぬ失ひてなほ
             武山千鶴『ざあざあ川』

昨年に続き、例年のような「塔」の大会は望めない今年。
2018年は、大会の開催地は浜松で、終了後、ひとりで北遠地区へ
足を伸ばしたことを思い出しました。静岡県は伊豆近辺にしか
出掛けたことのない私。この機会に、遠州鉄道、さらに天竜
浜名湖鉄道に乗車し、掛川経由で帰宅する計画を立てたのです。

JR浜松駅にほど近い、新浜松から終点西鹿島まで。片道三十分
位だったと思います。遠州鉄道はほぼ市街地を走る、通勤電車風。
運行本数も多い。上記の写真が西鹿島駅です。
ここから天竜川を見に行きたい、と思ったのでしたが、徒歩では
時間がかかるし、天竜浜名湖鉄道は一時間に一本の運行しかない。
それで天竜川を見るのはまたの機会にしよう、と思いました。

ところが、天竜浜名湖鉄道が西鹿島を発ってまもなく、車窓に
それは美しい天竜川の清流が広がったのです。それはほんの
一瞬でした。短かったから余計にその印象も強かったのかも。

その後、天竜浜名湖鉄道は、深い山の中へ分け入り、静かな
田園地帯を走るのです。掛川まで何だか夢のような一時間ほど。
眼裏には先ほど見た天竜の美しい青が焼き付いています。
遠州鉄道で折り返し、浜松から帰郷する案も考えていたのですが、
それはやめておいてよかったな、と思ったのです。

  天竜の飛沫を一瞥せしのみに街区へかへす遠州鉄道
                       岡部史
この歌を歌会に出したら、やはり「遠州鉄道から天竜川は
見えないんじゃないかな」と指摘を受けました。天竜浜名湖
鉄道じゃ、長すぎるしここは遠州鉄道を使いたかったのでした。

短歌に興味を持ち始めたのは、お勤めしていた二十代の頃。
お金も時間もなかったので、文庫版の歌集を捜すことに。
何しろ安価だし、通勤の途中に読むのに便利、ですから。
詩は以前から興味があり、文庫版で手あたり次第に
購入していたので、歌集もあるのではと思っていましたが、
入手できにくく、都心の書店にでかけたりしていました。
古本のチェーン店も、勿論、ネットもなかった時代です。

手元にある文庫版詩歌集の一部をご紹介します。
初めて購入したのが手前の『日本の詩歌29 短歌集』(中公文庫)
です。森鴎外から始まって、四十数名の近現代歌人の作品が
抄録されていて、短歌を概観するのにとても便利でした。

右側に見える岡野弘彦『海のまほろば』(中公文庫)は、仕事で
出掛けた先の、小さな駅前にあった小さな書店で見つけたもの。
岡野氏の表題作の他に二冊の歌集が完本で収められた文庫で、
「こんな本が出版されていたんだ」かつ「こんな店で発見できた」
という驚きと喜びで、欣喜雀躍したことを覚えています。
現在は残念ながら、どちらも絶版になっているようです。

でも最近は岩波文庫から、少しずつながら出版されていますね。
右から二冊目、三冊目は、比較的最近入手したもの。
興味のある方は、探してみて下さい。

昨秋、所用のためJR大森駅に降りたところ、フォームに
「考古学発祥の地」なる碑が建てられていることに気がつきました。
たちまち、中学生の頃に読んだ「大森貝塚」の話を思い出しました。
『日本歴史・第一巻』(中央公論社)を繰ると、1877年、日本を
訪れたアメリカ人、E・モースが、横浜から新橋に向かう途中の
車窓から思いがけない発見をした、という記述があります。

「‥・即座にこれを本当の貝墟(貝塚)と認識できた。・・・私は
数か月間、誰かが私より先にそこに行きはしないかと、絶えず
怖れながらこの貝墟を訪れる機会を待っていた・・・」
          E・モース『日本、その日その日』

当時の日本には、考古学という概念がなかったので、彼の恐れは
全くの杞憂であったようです。この貝塚発見にちなんで、大森が
「日本考古学発祥の地」とされたのでした。碑の上部に据えられて
いるのは、貝塚から出土した土器のレプリカ(実物の二倍の大きさ)。

面白いのは、E・モースが考古学者ではなく、動物学者で、来日の
理由は巻貝類の研究にあった、ということ。貝殻のなかに、長い
来し方が読める人だったのですね。

大森は多摩川の河口にちかく、古代の人たちがどんな風景を見、
どんな暮しをしていたのか、興味が湧くところ。

  多摩川の暗き流れを畏怖したる古代人の貌車窓に映る
           徳重龍弥『暁の声、群青の風』

岡部史です、こんにちは。
我家の玄関脇に植えた、こでまりの花です。
撮影したのは三週間くらい前。
一時は、だいぶ弱って(主がものぐさなので)もう、
駄目か、と思うところまでいってしまったのでしたが、
慌てて水やりなどに励んだ結果、昨年あたりから、復活。
今年はとりわけ、見事に咲きました。

 コデマリの枝の先まで登りつめし蔓がゴーヤを垂れおりぶらり
              山下洋『屋根にのぼる』

こちらの歌では、もう葉だけになったコデマリでしょうね。
こでまりは、今は亡き義父が大好きだった花。
復活してくれて、きっと喜んでいてくれると思います。

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