
島木赤彦が最晩年に湯治に訪れた「鮎川温泉」について、少し前に書いた。
短冊を書いてもらった町山正利について、ちゃんと「アララギ」を読めば何か書いてあるだろうと思って、そのままにしてあったのだが、当時の「アララギ」にあたってみれば、やはり、ある。そこにあるだけではなく、『日立市史』の、その土地の短歌に関して功績のあった3人のうち1人として名前もあがっている。
もう一歩調べればわかることだが、とことん調べて書こうとすると、けっきょく書けなくなるので、わかったところまで書くとか、書きながら考えるとか、そういうスタイルで行きたいと思う。「そんなこと知らんのか」というご指摘をいただければありがたい。
さてその町山正利であるけれど、「アララギ」で島木赤彦選歌の欄、赤彦没後は一時的に藤澤古實、土田耕平の選歌を受けたりするが、基本的には斎藤茂吉の選歌欄に出詠している。戦時中までは「アララギ」でたどることができたが、戦後は「新泉」ほか、いくつかの雑誌に所属していたらしい。1930年前後などは、茂吉選歌欄の佐藤佐太郎と同じページに肩を並べていたりもした。
赤彦と面会した時の歌、そして訃報に接した時の歌を引く。
鮎川の冬の温泉(ゆ)宿に先生といまし正しく逢へる嬉しさ/「アララギ」1926年4月
名にし負ふ鮎川の温泉(ゆ)の驗しさへなかりしものか遂に逝きませり/ 同 6月
「正(まさ)しく」「驗(しる)し」だろう。
10月号(島木赤彦追悼号)には「鮎川で逢うた先生」と題しての文章が載っている。
鮎川濱の島崎館といふ旅館に、御滯在中との先生からのお便りを戴いたのは、一月十日の夕暮だつた、私の住んでゐる助川町からは、二十五町許りへだつた鮎川濱は、夏期ならばともかくも、冬期中はどの旅館にも、客などは滅多にない程淋しいところ(略)先生は何にお出でになつたのだらう、と疑問に驅られながら闇みの中に吠ゆる樣な冬海の荒い浪音を聞き乍ら、私は畑中の淋しい夜道を、急いだ
25町=2.7km程度。若者の足で急げば30分かからないだろう。鮎川温泉はそれなりに繁盛していたのかと思ったが、そうでもないらしい。夏は海水浴を兼ねて宿泊客が多くなるけれど、冬は何もない。湯治をするといっても「名にし負ふ」というのは、いささか文飾という感じになるのではいか。
呼び出しただけのことはあって、赤彦はずいぶん町山青年(明治32年/1899年6月生、このとき26歳)のことを気にかけていたらしく、暖かい言葉をかける。
「君の歌はお母さんや、姉さんの事を詠まれたのが、いつも生きてゐますね、あの調子で進んでゆかれると好い、そしてあまり間口は擴げない事です、歌會なぞへ出席しますか、實は私は歌會はあまり好きぢやないんです、歌會へ出席したつて、決して淺くなればとて、深くなることはありませんよそれよりも、三四人位氣持の合つた同志がしんみりと歌の話でもした方が、どれ丈け好い結果を得るか知れません、アララギの連中も時々はやりますがね、……(後略)」
そのまま、「あの調子」で進んでゆくとよい。それはよいとして「間口は擴げない」と言う。そしてまた歌会なんか役に立たないというようなことを言ったらしい。もちろん、間口を広げたり、いろいろ知ったかぶりの批評にさらされると動揺することはある。ふりまわされて自分を見失う人もいるだろう。だが、それでよかったのか?とも思う。
町山自身も、言葉通りにそれを墨守するわけではなく、やがては地域の他結社の人ともつきあうようになるし、地元の歌会のまとめ役なども担うようになるわけだが。
ところでこの時代の「アララギ」の選歌欄は、選歌しながらときどき短評がさしはさまれる。赤彦の選歌欄ではこんな感じ。
「電氣文藝の貴作の方が生きてゐた」1921年6月
「赤曰。少數の歌に力を籠め給へ。」1922年2月
「赤曰。文字分るやうに願ふ。」1924年7月
一つめは、おそらく「電氣と文藝」。現物を確認することはできていないが、寺田寅彦が執筆していたことなどが知られている。投稿欄の短歌を島木赤彦が選んでいたらしい。町山正利は日立製作所に勤務していたので、あるいは「電氣と文藝」の投稿から、島木赤彦や「アララギ」に接近したということかもしれない。それにしても、他の雑誌の作品のほうが「生きてゐた」というのも、なかなかな短評である。
「赤曰」というのも面白い。「少數の歌に力を籠め給へ」は赤彦らしい。そして「文字」。達筆だったのか癖字だったのか。
さらに、赤彦没後にもいろいろ書かれている。
「假字遣ひ違ひ多し。辭書引かれたし」1926年7月 藤澤古實選歌
「評。文字を楷書に願ふ。假名づかひ勉強を乞ふ。」1928年10月 斎藤茂吉選歌
詠草を掲載している直後に、直接に、つまり名指しでの注意である。昨今の雑誌では、なかなかこんなふうにはしないだろうが、当時としても、「書かれてしまった」と受け止めたのかどうか。
ともかく、少々のことにはめげずに歌を続けることは大切なことだ。
読めるような字で丁寧に、仮名遣いなどは確認しながら間違えないようにしてほしいとは思うが。
鮎川温泉のこと