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子ども(1歳11か月)の隣に座ると、私の上腕の辺りをぽんぽんとたたいてくることがあります。あるいは、私が出かけるときに玄関で、ぽんぽんぽんと肩の辺りをたたいてくることも。

「よっ元気か」
「まあまあ」
「ごくろうさん」
「がんばりたまえ」

などと、こちらは勝手にアテレコするのですが、子どもの意図する本当のところはナゾです。このごろ話す単語が増え始めた子です。肩ぽんぽんは、言葉にはよらないけれど、何らかの表現に違いなく、彼のなかでいまどんな変化が起こっているのかと、不思議でなりません。

そんな気持ちで最近読んでいるのが『パパは脳研究者』という本です。4歳の娘を持つ脳研究者の池谷裕二氏(海馬についての著書などがあります)が、娘の月齢ごとに子育てを記録しながら、娘の変化を脳科学の視点で分析するエッセイです。
脳研究者
面白いです! 例えば「ベイズ推定」。素人にとってはなんだそりゃ、な専門用語ですが、子どもを介して見れば、あるあるそれ、と納得。かいつまんでいいますと…

1歳2か月の娘がお腹の上に馬乗りになり、暴れる。お父さんは痛くて足をバタバタさせた。娘は振り返ってそれを見て面白いと思ったのか、2回目も足を振り返って見て、キャキャキャと喜んだ。3回目には、お父さんが足をバタバタさせるよりも先に振り返って、足の方を見ている。

こんなふうに、何かを繰り返して自分のなかで確信を深めていくプロセスを「ベイズ推定」というそうです。大人でも、だいたい2、3回繰り返せば因果関係を推定するものですが、「1歳の脳でも似たような推論が可能なのか!」と作者は驚くわけです。

作者はさらに踏み込みます。AI(人工知能)が隆盛していますが、現在のAIとヒトとの間には決定的な違いがある、と。それは学習に必要な情報量だそうです。例えば、世界チャンピオンを負かした囲碁ソフトは1000万回近い対局を重ねて人類レベルに到達しているけれど、ヒトはプロ棋士でも一生に経験できるのはせいぜい1万対局。少ない経験で上達するのがヒトなのだ、と。経験データに対する強い「信念」がヒトの上達を生んでいるのだ、と。数回の経験から法則を推定する「ベイズ推定」もそこに関わっている、というわけです。

「ベイズ推定は私たちの心の成り立ちそのもので、複雑な経験則の綾から、独自の世界観を紡ぎ出し、自我や個性を確立させていく礎です」

という一文が印象的でした。
缶のふたを何度も落として、クワンクワン…と鳴るのをキャッキャと笑って見ていたわが子。そうか、この子にもヒトの礎が…そんな思いでつくづくと子を見直しました。

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