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今朝の朝日新聞一面の「天声人語」は、織物の魅力に
取りつかれるきっかけになったのが、四半世紀前にフィリピンの
ピーニャという布の織手を訪ねたことだった、とのエピソードで
始まっている。ピーニャ! 私にも懐かしい言葉である。

もう六十年も前のことになるが、中学に入学したばかりの頃、
父が一か月近く、仕事でフィリピンに出かけた。お土産に
数十枚もの、スカーフやハンカチを購入してきた。透き通るほど薄く、
光沢がある。いずれも南国を思わせる風物の刺繍が、手作業で
施されていた。父は広げて見せてくれて、
「パイナップルの葉の繊維から作られているんだ」と教えてくれた。

私も一枚欲しい、と思った。でも父は周囲の知人や親族にお土産として
渡しながら、私と妹には一枚もくれなかった。普段どこに行っても
お土産があったので、私には不思議なことだった。

五年前に父が亡くなり、やがて母も施設に入り、実家を整理していたら、
あの懐かしいピーニャのスカーフが一枚だけ出てきた。

今手にとって見ると、本当に薄く、実用品としてはどうなのか、
と思ってしまう。父も子供には不要なもの、として最初から
私たちに渡すつもりはなかったのだろう。父が亡くなって、
ようやく自分のものになったこのスカーフを、私は大切にしている。
必要なものはもう、自分で何でも買えるようにはなったけれど。 

膝の上にひろげむとして泳ぎ出す金魚の刺繍のストールを買ふ
               栗木京子『けむり水晶』

ピーニャは今ではとても入手しにくくなっているらしいし。

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