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仕事場のあちこちで、訓練情報を受信したスマホが鳴る。きょうは9月1日。防災の日だ。関東大震災の日だ。

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アララギ発行所『灰燼集―大正十二年震災歌集』(1924年)に、町山正利の作品が2首載っている。
島木赤彦に短冊を書いてもらう町山正利である。茨城県高鈴村(現日立市)在住。

ひむがしの夜空に炎たちのぼり現世のすがたいまは悲しも
    復興の街頭
すでにして家々建てば灯火に人のこゑさへまじりてきこゆ

雑誌「アララギ」1924年2月号(震災歌號)では、こうなっている。4首掲載。

ひむがしの夜空に炎たちのぼり現世のすがたいまは悲しも
地震の夜戸外(と)に出でて桐の葉蔭よりいたく傾く天の川を見し
大地震に都ゆ來らしこの町にかつて見慣れぬ人に逢ひけり
    復興の街頭
すでにして家々建てば灯火に人のこゑさへまじりてきこゆ

いつもは島木赤彦選で掲載される町山作品が中村憲吉選の欄に載っている。『灰燼集』のために抄出したのは島木赤彦か中村憲吉か。
町山のこのへんの作品は、地味といえば地味。『灰燼集』に採られた1首めは、むしろ伝聞に依存して漠然とした感じの作品と言うこともできよう。4首めも新聞報道をもとにしているかと言われれば、そうかもしれない。

2首めはルビの「と」が「戸外」についているようにも見えて「地震の夜/戸外(と)に出でて桐の/葉蔭より/いたく傾く/天の川を見し」だろうか。昼に地震は感じで、その後も余震がつづく。しかし作者の住む北関東の海辺の町からは「ひむがしの夜空に炎たちのぼり」は見えず、ただ星空が広がっていた……ということだろう。地震があって「天の川」が変化することはないはずだが、不安を感じながら、ふだん見ていなかった夜空を見上げていることが、よく伝わってくる。
町山正利と、彼の住んでいた場所にこだわって読むとき、3首めが興味深い。「避難」の歌はほかにもたくさんあって、悲嘆にくれるとか疲れ切った様子の避難者の様子など、さまざまに詠まれている。これなどはまったく地味な作品であるけれど、おそらくは縁故を頼ってやってきた避難者の存在に、心を動かされるところがあったわけだ。

「震災歌集」的なものをまとめるのは大事なことであるけれど、そこに選ばなかった歌なども、それぞれに、なにがしかの読みどころがあるものだ。

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時間がたって、あらためて感じられてくることとか、ずっと感じ続けていることとか、そういうこともあるだろう。合理的な判断はこうだ!と言われて、あらためて苦しむこともある。
塔短歌会・東北の「5499日目」は、息の長い活動。じっくり読んでゆきたい。

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