八角堂便り

最近の受賞スピーチより / 永田 淳

2019年4月号

 仕事柄、歌壇関係の賞の授賞式に出かけることが時々ある。一月の下旬に二つの賞、角川短歌賞と毎日芸術賞に出席していくつか印象に残つた受賞スピーチがあつたので、紹介してみたい。
 第64回角川短歌賞を受賞したのは「未来」所属の山川築、28歳。短歌を作り始めてまだ二年ほどだと言ふ。受賞作「オン・ザ・ロード」50首は路上の嘱目詠といつた一連でなんとも作者像が希薄、といふかどのやうな作者か明確に掴めない。選考会でも五十代の教師ではないか、といつた推測がなされてゐた。
 その彼の受賞スピーチを要約すると、自分の内側にあるものよりも外側の世界にあるものの方が格段に面白くそれを表現するのが楽しい、といふことであつた。
 角川賞を初めとする応募型の新人賞や、歌人協会賞などの主に第一歌集を対象とした賞に必ずつきまとふワードが「生きづらさ」ではないだらうか。自らの抱へ持つ生きづらさ―それは非正規雇用の問題であつたり、LGBTに関することであつたりするの
だが―をいかに表現するか、そのことばかりに腐心した多くの歌を読まされ続けてゐる感じが少なくとも私にはある。はつきり言つてしまへば食傷気味だつた私の耳へ、この山川のスピーチはとても新鮮に聞こえた。自らの内面に籠もるのではなく、拓けた場所へ羽ばたいていく、気持ちのよい風が吹き抜けるやうな、そんな飛翔感すら感じられた。こんな歌が受賞作に並ぶ。
  ぶらんこは錆ぶ 鎖されし保育所にふたつまとめてねぢり上げられ
  街宣の叫びの遠く聞こえ来て坂を下れり名のなき坂を

 第60回毎日芸術賞は栗木京子歌集『ランプの精』。栗木は、若い頃はなにか少しでも新しい表現をしてやらうといつた気負ひがあつたが、最近ではもつと素朴な歌を作る楽しさが分かつてきた、といふ内容の受賞挨拶だつた。山川にこのやうな枯れたことを言はれたらちよつと困るが、常に先鋭的な表現を磨いてきた栗木の発言だからこそ、重みのある発言であつたと思ふ。こんな歌が印象にのこつた。
  パレットの絵の具を水で洗ひたり最後にいつも白の残りて
  反対側ホームの息子に手を振りぬうれしかつたよといつか思ふや

 何より印象深かつたのは、同じ毎日芸術賞の特別賞、映画監督の大林宣彦の挨拶。表現は自分勝手にわがままにしていい。それを受け取る側(観客)と真摯に対話することでそのわがままは成り立つ。そしてまた自身の表現に責任を持つことが最も大事だ。およそそんな内容であつた。迎合することなく表現することの大切さ、その表現を巡つて議論することで見えてくる新たな地平、そんなことだらう。大林監督作品はほとんど見たことがなかつたが、一度見てみようと思ふ。

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