百葉箱2018年11月号 / 吉川 宏志
2018年11月号
母の書く住所にいつも略されてエデンの園というマンションの名は
山下裕実
高齢者用のマンションなのだろう。「エデンの園」という名前が、天国に近いようで、ざわっとした感じがする。母はそれを知っていて略すのか、あるいは無意識なのか。書かれていないものに心が揺れる、という微妙な心理をとらえた歌である。
ゆくりなく降りくる荒き雨の名を鬼雨(きう)と知りたり鬼雨を待ちおり
沼尻つた子
「にわか雨」などと呼ぶより、「鬼雨」と呼ぶほうが、霊的なパワーが籠もる感じがする。名前には、自然の見方を変え、人の心を変える力がある。結句の繰り返しによって、破壊願望が、ぐっとせり出してくる。
子どもらと星を数へる声のして北斗七星そろひたるらし
青木朋子
「子どもらと」の「と」が巧い。おそらく夫も、外で子どもたちと星を見ているのだろう。自分は家の中で声だけ聞いている。「そろひたるらし」がとてもよく、だんだんと星が見つけられてゆく時間の経過が伝わってくる。温かな情景である。
大きめに切り取り水に浮かべおり送れなかった封書の切手
谷本邦子
よくある場面だが、「大きめに切り取り」で、リアルさが増している。下の句からほのかな寂しさが漂う。
横向きの遺影はおかしいと人は言う好きなポーズの写真でいいや
山﨑好志子
先入観に私たちが縛られていることに気づかされる一首。「写真でいいや」も、伸び伸びした結句で、作者の自由な心がとても楽しい。
不規則と規則の音でゆく電車の車窓に沿ってとんぼ飛んでる
近江 瞬
三句目の字余りと「電車の車窓」の重複が惜しいが、上の句が新鮮。確かに電車では、不規則な音と規則正しい音が混じり合う。見慣れた情景が、少し異次元に入っていく。