百葉箱2018年8月号 / 吉川 宏志
2018年8月号
ともすればわれは家族の暗がりと思ふ日のあり山査子に雨
澄田広枝
陽気な家族の中で、自分一人が沈んでいると感じることがあった。家族の中での孤独感。「ともすれば」という入り方がよく、自省する感じがよく表れている。結句も一つの形だが、余韻のある終わり方である。
御遺族にと花差し出せば駅員に拒まる「駅は関係ない」と
加茂直樹
駅で自殺を目撃したことを詠んだ一連の中の一首。駅員の立場は理解できるのだが、それでもやりきれない気持ちになっただろう。死者を悼むこともできない、宙吊りになったような苦しさ。
女には男をあてがいたがるみなパズルを埋めずにおかれぬように
はなきりんかげろう
固定的な男女関係に押し込めようとする社会の抑圧。パズルのように一つの役割に決められたくない、という抵抗感が歌われる。リズムが独特で、そこに鬱屈とした思いが滲んでいる。
八度目の手術となる子は髭そりて久びさに見る丸き顎なり
古賀公子
「八度目」という数字に、見守る母のつらさが込められている。「丸き顎」がよく、幼いころの息子を、ふと思い出させるような表情が見えたのだろう。
雨の匂いが運ばれてくるきみの髪に触れたいおもいが指に満ちてく
森 雪子
素直な恋の歌である。「きみの髪」は雨に濡れていて、室内に入ってきたとき雨の匂いがしたのだろう。結句の「指に満ちてく」が、新鮮でまっすぐな表現で、とてもいい。
ハンダづけの臭いこもれる工場で昼は介護の教本を読む
高田 圭
工場で働きながら、介護士を目指している人なのだろう。初句の臭いが実感的で、追われるような生活感が伝わってきて、胸を打つ。