百葉箱

百葉箱2018年7月号 / 吉川 宏志

2018年7月号

  まだここも遺跡の真上ハンドルを菜の花の咲く砂利道へ切る
                              横田竜巳 
 大きな遺跡が発掘されずに眠っている土地なのだろう。「まだここも」という入り方に臨場感がある。菜の花の鮮やかな色が目に沁みるばかり。結句も力強い。助詞の「へ」にも注目したい。
 
  ルノワールの描いたイレーヌ ナチにより命消されて絵の中に居る
                                 河田潮子 
 ナチにより虐殺された人が、絵の中で生きている不思議さ。現実と絵が交錯するような、時空のねじれを歌う。固有名詞が効いていて、淡々とした中に、静かな味わいがある。
 
  先(さっき)までおほきなたれかの眼のなかのわたしであつた雪を踏みゐつ
                                千村久仁子 
 雪雲の間からふっと陽が射して、神のような存在に見守られているような気がした、という場面を思い浮かべた。孤独だが、自分は一人ではない。そんな思いは、誰しも持つことがあるのではなかろうか。
 
  突き上ぐる拳にひとの心臓の大きさ見せて寒を行くデモ
                            栗山洋子 
 拳が心臓の大きさ、という把握がよい。生きていく中から生まれてきた怒りを、拳の中に込めている感じがよく表れている。「寒を行く」からも、厳しい季節感が伝わってくる。
 
  「次に来る課長は黒豆っぽい人」という情報の置き場に困る
                              佐藤涼子 
 「黒豆」にインパクトがあり、思わず笑ってしまう歌。そんな情報を聞いて、一体どうすればいいのか。作者の戸惑いが、ぶっきら棒な結句に滲んでいる。
 
  今はねえ宇宙論に夢中なのモルヒネ二倍に増やして友は
                            森永絹子 
 末期治療を受ける友。それでも、世界を知りたいという意欲を燃やしている。モルヒネを打たれた身に、どんな宇宙が見えているのか。遥かなものを感じさせる一首。

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