百葉箱

百葉箱 2015年4月号 / 吉川 宏志

2015年4月号

  大屋根にとまりて落ちぬ追羽根はかの空襲に燃えただらうか
                    阪上民江
 上の句ののどかなイメージは、下の句で暗転する。小さな物を見つめているが、戦争の残酷さはかえって伝わってくる感がある。空襲に死んでいった子どもたちがいたことも想像させるからだろう。「追羽根」という言葉も懐かしい。
 
  湖にかかる橋のあたりが明るくて姉のベッドのやうに遠くて
                    佐近田榮懿子
 「湖」は「うみ」と読むのだろう。謎のある歌である。おそらく姉は亡くなっていて、最後の日々の白いベッドを連想したのではないだろうか。「……て……て」のリズムが独特で、切迫した哀しみを感じさせる。
 
  水滴の流れるガラスに囲まれて車の形に私は進む
                    筑井悦子
 歌われているのは何でもない事柄だが、表現に工夫があって、読ませる歌になっている。車と自分が一体化するような感覚に、共鳴する人は少なくないだろう。
 
  電球を取り換へむとする吾が丈のあとひといきが昨年より足らぬ
                    東 紀子
 年を重ねて、以前は届いていた電球に届かなくなる。「あとひといきが……足らぬ」というのがおもしろい表現で、実感がある。「昨年」は「こぞ」と読むのだろう。
 
  「ほーれき」は認知症をいう方言なり日なたの道の匂いに記憶す
                    宇田喜代子
 「ほーれき」という言葉の不思議な響きが印象に残る。「認知症」という語が無かったころの言葉には、どんな歴史が刻まれていたのだろう。いろいろなことを考えさせる一首。
 
  友人の名前の漢字並んでる問題用紙見てほほ笑んで
                    西村那由
 漢字のテスト問題である。その中に「友人の名前の漢字」があり、これなら解けるぞ、と思い、心が柔らかくなる。学生らしい心理がよく表われていて、好感をもつ歌であった。

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