百葉箱

百葉箱2018年4月号 / 吉川 宏志

2018年4月号

  終点に行けぬ車輌もつながりて〈ひだ号〉今し山峡に入る
                             広瀬明子 
 途中で車両を切り離すのだろう。〈ひだ号〉という名も良く、山間を行く電車の雰囲気がリアルに伝わる。
 
  マウス持つかたちのままに掌を胸にあてたり ふたたび眠る
                              田中律子 
 仕事を引きずった疲労感と、自己愛の感覚が混じり合い、やわらかな哀感のある一首となった。
 
  ホームレス調査に巡る橋々の排水管より垂れる氷柱よ
                           後藤正樹 
 極寒の中で生活する人たちに同情しつつ、しかし冷静に調査しなければならない。細部を見る視線が印象的で、仕事の厳しさを物語る。
 
  風のよるへあなたをかえして一輪の百合てらすべく灯を細めたり
                                宗形 瞳 
 人と逢った後の満ち足りた孤独感。結句に香気のようなものがある。
 
  見てをれば座間市湧水分布図の印は基地の内部にもあり
                            永山凌平 
 米軍基地問題を詠むが、「湧水分布図」を題材とすることで、奥行きのある一首となった。見ることのできない水、支配されている水。
 
  指先に二ミリの厚さ吸い付きて湯呑みきりりと立ち上りくる
                              八木若代 
 轆轤で陶器を作っている場面。「二ミリの厚さ吸い付きて」に、土に触れている実感がよく表れている。
 
  山容に表裏のありて裏と呼ぶ噴火の跡のあらあらしきを
                            西山千鶴子 
 表・裏という概念も、人間が勝手に決めているだけなのだ。裏のほうがむしろ激しさを秘めている。
 
  絵はがきの縁の白さに守られて今日見る景色もぼやけるでしょう
                               とわさき芽ぐみ 
 この歌も、人間の認識は常識などに縛られていることを詠んでいるのか。難解だが、魅力的。絵はがきの白い縁という題材がユニークだ。

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