百葉箱

百葉箱2018年1月号 / 吉川 宏志

2018年1月号

  よく見れば夫の名よりも大き字の警察署長の感謝状なり
                            中林祥江 
 もらったときは嬉しかったのだが、警察署長の権威主義のようなものを感じて、もやもやとした思いになっている。「よく見れば」が効いている。
 
  ダム底の点検終えて戻りくる夫のワイシャツ茶のシミのあり
                              石井久美子 
 題材に独自の味わいがある。自分は見ることのない場所を見てきた夫への、敬愛やいたわりが、さりげない下の句からにじみだしている。
 
  今朝の夢たぐり寄せればほの暗き林の奥に白き池あり
                           佐々木美由喜 
 忘れそうな夢の中に、「白き池」があったこと。不思議な感触があって、絵画のような味わいもある。「たぐり寄せれば」がとても良い表現。
 
  エッセイのように羽織ったカーディガン陽射しの少し和らいだ日に
                                 ひじり純子 
 カーディガンの軽やかさ、温かさが、不思議にうまく伝わってくる比喩である。比喩以外は、さらりと作られており、爽やかな感じがする。
 
  ハブ一匹出づれば十匹ひそむといふ不発弾なら何発あらん
                             与儀典子 
 沖縄では、今も不発弾が見つかったというニュースを聞くことがある。それも氷山の一角なのだ、という思いが、シニカルに歌われている。
 
  窓の向こうから降りとどく陽のなかにふたりでちがう本をひらいた
                                 宗形 瞳 
 明るく透明な空間の中に、あなたと私の差異が歌われている。柔らかな響きが快い一首。「降りとどく」という言葉の選びにも工夫がある。
 
  二穴パンチ、のちぱらぱらとごみ箱に無数の月が捨てられてゆく
                                大堀 茜
 紙に穴をあける文房具。作業をしていると白い○がたくさん溜まる。あまり気づかない場面を捉え、おもしろい。「、」は、穴をあけた瞬間の手ごたえを表しているのだろう。

ページトップへ