百葉箱

百葉箱2017年4月号 / 吉川 宏志

2017年4月号

  和服着た女性は和服がもう一人乗り来し時にちらりと見たり
                              佐原亜子 
 和服を着ていると、他人の和服がすごく気になる、という心理はあるように思う。「ちらりと」から女性の表情がくっきりと見えてくる。
 
  少し強いご本ですので春夏の二回に分けてお読みください
                             吉田恭大
 「少し強い薬ですので昼夜の二回に分けてお飲みください」がよくある文言。それを踏まえて詩的なユーモアを生み出している。「春夏」に情感がある。どんな本なのか、さまざまに想像させられる。
 
  まるまって眠るあなたに夕日さす今日はカーテン引くために来た
                                 森 富子 
 さまざまに読める歌だが、一連からは介護の場面だと分かる。言葉を交わすこともできず、カーテンを引くしかできない悲しみが、結句の口語から滲む。
 
  水差しが傾くような礼をしてしずかなるバスに乗りゆくきみは
                               石松 佳 
 上句の比喩が新鮮。「水差し」から透明感のある寂しさが伝わってくる。「しずかなる」が、やや言い過ぎなので、「夜」などの時間的な表現にしたほうがいいかもしれない。
 
  白湯などを飲んで過ごさう震災日「治療しません」だつた歩ける人は
                                  大谷睦雄 
 これは阪神大震災を詠んだ歌のようである。歩けない人を優先して治療するしかなかった現場の緊迫感。時間が過ぎても、忘れられない記憶となった。「白湯」が印象的で、静かに追悼する思いが込められている。
 
  踏んばりて杵下ろす児の足元に大人の視線やさしく揺れる
                             庄野美千代 
 餅つきの場面。「やさしく」が少し言い過ぎなのだが、大人たちが幼子を見守っている様子が捉えられていて、臨場感のある歌になっている。「揺れる」は、ちらちらと目を配っている感じである。

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