百葉箱

百葉箱2016年5月号 / 吉川 宏志

2016年5月号

  山はだに雪の面積ふえはじめ市バスは均一料金を越ゆ
                           岡本幸緒 
 よく見る冬景色だが、言葉の工夫によって、新鮮な印象を生み出している。「雪の面積」が増えるという把握、バスの料金が上がっていくリアリティー。ぼんやりと車窓を眺める眼差しが、読者にも体感できる。
 
  改札口を抜けゆく娘の後ろ髪わたしになかつた長さを揺らす
                              友田勝美 
 「わたしになかつた長さを揺らす」という表現が、目立たないところだが、とても巧い。自分と異なる生き方をしている娘を見守る、作者の柔和な思いが、さりげなく伝わる。
 
  目で追える遅さに雪は降りてきて目の高さからどうと落ちたり
                               三浦こうこ 
 雪国の人が雪を見る目の丁寧さが、いきいきと感じられる歌。「目で追える遅さ」、なるほどと納得する表現である。結句がとても力強い。
 
  胸にある石垣りんの石垣に右手をふれてこの世をたどる
                            吉岡昌俊 
 石垣りんの強く温かな詩は、今ではあまり人口に膾炙するものではないかもしれない。しかし作者は、それをときどき思い出し、生の支えにもしている。「石垣」に現実の石垣の手触りを重ね、不思議な立体感のある歌を創り出している。
 
  ガラス張りの搭乗橋に透けて見ゆ子が泣き出したと娘のジエスチヤー
                                 俵田ミツル 
 空港で、子連れの娘を見送る場面。遠くから、娘が泣き出したことを、身ぶり手ぶりで必死に伝えようとしている娘の姿がほほえましい。人工的な空港の空間の中で、人間の柔らかさ、優しさが見えてくる一首。
 
  教室の窓に映った透明の君を電線つきぬけてゆく
                         佐伯青香 
 ガラスに映った人を詠んだ歌は多いが、「電線つきぬけてゆく」に、リアルな勢いがあり、情景が目に浮かぶ一首となった。「透明の君」から、儚さのようなものも感じられる。

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