百葉箱

百葉箱2016年4月号 / 吉川 宏志

2016年4月号

  やりかけの日曜大工の椅子一つ君在りし日のままに横向き
                              ホイラップ房子 
 椅子によって亡くなった人の不在をあらわす歌は少なくないが、結句の「横向き」で実感のこもる歌となった。君は別の世界にいるのだ、という思いが静かに伝わってくる。
  
  駐車料金を落としてゆけば箱の底に硬貨かさなる音がしてをり
                                山口泰子 
 機械化されていない田舎の無人駐車場であろう。あたりがひっそりとしていて、硬貨を落とす音までくっりきりと聞こえてくる。「かさなる」まで丁寧に詠んだところが良い。
  
  みつばちをたんと集める枇杷の花 樹下に仰げば見えないけれど
                                立川目陽子 
 枇杷の花はくすんだ白をしていて、あまり目立たない。しかし、蜜蜂とともに活発に生きていることが「たんと集める」というおもしろい表現で、うまく捉えられている。
  
  目を閉じて夫の背中に頬つけて骨伝導で聴く世界の音
                            黒沢 優 
 「骨伝導」とは骨に響いてくる音によって聞くこと。携帯電話などにも使われている技術。夫の体と自分の骨をつなげて世界の音を聞いているという表現がなまなましく、新鮮な相聞歌になっている。
  
  飴色の胴を抱きてチェリストはその韻律にマリアをたたしむ
                               津田雅子 
 チェロでアヴェ・マリアを弾いている場面だろう。音楽の力によって、マリアの姿がそこにあるかのように感じられたのだ。「飴色の胴」のつややかな質感とも重なり合っている。
  
  教室のクリーム色のカーテンに隠れてわたしたち手を繋ぐ
                              松本香織 
 どこか懐かしいような、学校生活の情景である。もしかしたら、同性どうしかもしれない。下の句の「隠れてわたし/たち手を繋ぐ」という句またがりが効いていて、心の陰影も感じられるのである。

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