百葉箱

百葉箱2015年12月号 / 吉川 宏志

2015年12月号

  濁流にヘリコプターはロープ下げ共に揺れいるふたつの命
                              村井玲子 
 「ふたつの命」とは、自衛隊員と被災者を指すのだろう。救出する側とされる側。立場は違うけれど、自然の猛威の前では、一本のロープにすがるしかない。映像から、人間の生命の脆さとけなげさを感じ取ったのだろう。類歌はあるかもしれないが、今年の記憶となるような一瞬を捉えた歌である。
  
  児童らを前に裏方のわが仕事少し語りぬ退任式に
                           守永慶吾 
 学校の事務の仕事をしてきた人だろう。ふだんは子どもたちの前で話をすることはないが、退任のときに「少し」だけ思いを伝えた。これも人生の中の大切な一場面を歌った一首で、心に残る。「まだ高き日が二時過ぎに山に没りあまねく陰る学校なりき」もしみじみとした歌。
  
  夏に逝くあなたと思わず百日紅の散る道の陽を手に透きながら
                               佐藤浩子
 突然の死だったのか。下の句はやや無理な表現だが、茫然とした思いが伝わる。夏の静かな日差しが、人を亡くした後の心に沁みてくる。
  
  その肩のあたりに口を開けている傷から街は暮れていきます
                               花麒麟陰朗 
 不思議な感触がある。ビルの肩のあたりに、夕陽があるような情景をイメージしてもいい。「暮れていきます」という結句から、何か物語が始まるような雰囲気が生まれている。
  
  徘徊を辞典にひけばそれぞれの漢字につきたり×の印が
                             佐原亜子 
 今の辞典は、常用漢字以外に×印がつけられていることが多い。おもしろいところに着目した一首だが、その背後には介護の苦労があるのだろう。哀しい笑いの含まれた歌。
  
  右下の写っておらぬ夫の肺右肩下げて持主歩く
                         今井眞知子 
 「持主」はむろん夫のこと。これも切ないユーモアがある一首。
    
  今号に索引表があるとして、「安保」で何首引けるだろうか
                              真 魚 
 私は社会詠は積極的に作るほうがいいと考えているが、こうした皮肉のある歌も存在することも大切と思っている。時間が過ぎれば「安保」も忘れてしまうのではないか、という警鐘と捉えておきたい。

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