八角堂便り

点字 / 山下 洋

2015年5月号

 点字板を使って点字を打っている夢を見た。ここ十年ほど点字板に触っていなかったので、久しぶり(夢の中ではあるが)のこと。母音部分と子音部分を思い出しては確認しつつ、ゆっくりゆっくり綴っている途中で目が覚めた。どんな文を打っていたのかはもう覚えていない。
 点字は一マスに6点。左列の上中・右列の上の計3点で母音、左の下・右の中下計3点で子音を表すのが基本構造。たとえば「め」は、eが母音部3点、mが子音部3点、すべてが必要で、一マス6点全部打つ。「あ」ならば、子音部不要、aは左上のみ、一マスに1点ですむ。
 点字を覚えたのは三十年ほど前。仕事上の必要からだったのだが、講習を受けたわけではなく、教則本を見ての自学自習だったので、かなり我流である。もちろん指先で触れて読むことはできず、校正は〈目で見て〉おこなっていた。太田正一さんの「舌読」の歌に衝撃を受けたのもその頃のことだった。一首挙げると〈必読の点字聖書の摩滅あわれ舌読の学びも遠くなりたり〉(塔一九八五・六)
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 当時、打たねばならぬプリントなどがたくさんあって、点字板では間に合わなかった。パーキンスのタイプライターを貸与されていたので、もっぱらそれを用いて点訳した。点字タイプは一マス分を同時に打たなければならない。「雨だれ式」では駄目で、左右の人差・中・薬の六本の指をいっぺんに使うのである。通勤電車の中でも、両手の指で両腿を叩いて練習した。乗り合わせた人は不審に思っていたに違いない。短歌や詩、ヒット曲の歌詞などを腿に打ったのである。こんな感じである。〈うみを□しらぬ□しょーじょの□まえに□むぎわらぼーの□われわ□りょーてを□ひろげて□いたり〉ちなみに、□は「マスあけ」である。
 あれ、と思われたかもしれない。点字には仮名しかなく(漢点字もあるらしいが)、しかも平仮名・片仮名の別もない。文節区切りにしないと読みにくいのである。また、助詞の「は」「へ」は「わ」「え」となるなど、おもに発音にしたがう。
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 多分、点字の夢を見ることになった原因は、昨年十月の『塔事典』座談会にある。今年二月号の六三頁上段から中段のあたり、「現代仮名遣いになれば(中略)自然語調や発想法まで変化してゆく」に関連して(二月号のまとめでは割愛された部分だが)、中西亮太さんが「高安さんは本当に表音文字にするつもりだったんじゃないでしょうか。例えば〈お父さん〉を〈おとうさん〉と書くのは表音文字じゃないですよね。」と仰有ったのである。点字では、もちろん「おとーさん」と打つ。高安さんは、現代仮名遣いから、さらに表音文字まで視野に入れておられたのだろうか、とふっと思ったのだった。

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