百葉箱

百葉箱 2015年1月号 / 吉川 宏志

2015年1月号

 塔一冊ぶんを一週間くらいかけて読んだ。二十首に絞るのは難しく、他にも入れたいものがいくつもあったのだが、残念ながらカット。選歌後記に取り上げられている歌は省略し、「鍵」の内側の歌を多めに選ぶようにしている。なお、新樹集に選ばれた歌との重複はない。私の好みに偏るところもあると思うから、ぜひ皆さんの目で、私の見逃したいい歌を見つけていただきたい。

 
  父は子にとにかく肉を食わせたい生き物らしい上ハラミ焼く
                    田村龍平
 同じ父親として共感した歌。たしかに本能的に子に肉を食わせようとするところがあるように思う。本質をずばりと言い当てて爽快感がある。

 
  旬となりし梨を食みつつ読みかへすあなたを好きになるまへの歌
                    大坂瑞貴
 これも伸びやかで気持ちのいい恋の歌。下の句の素直なリズムが、人を恋するやさしさを伝えてくる。初句の「旬となりし」はやや説明的(言わなくてもいい感じ)があるか。

 
  原子炉と原子炉の間に挟まれてイネつくりするヒノヒカリという
                    篠原廣己
 「ヒノヒカリ」は九州に多い米の品種なので、薩摩川内原発などを詠んでいるのだろう。明るい田園風景の背後にある不安感がにじんでくる。声高な主張ではないが、読者を立ち止まらせ、考えさせる歌である。

 
  草の葉で編むキリギリス編みのこる葉先を裂きて触角とせり
                    酒井久美子
 見たものをそのまま言葉にしているのだが、簡潔な韻律が良く、秋の情感がおのずから寄り添う。

 
  亡き子の名は吾が名から一字とりしとぞ香典返しの手紙にて知る
                    加茂直樹
 短い言葉の中に、小説を読んだ後のような余情があって忘れがたい。友人が自分を敬愛していたことを、後になって知った驚きと、自分の一部を失ったような悲しみが、彫りの深い文体から、静かに響いてくる。

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