百葉箱

百葉箱2021年6月号 / 吉川 宏志

2021年6月号

  まつすぐに雪ふりてゐてあなたなのこの世にひとつわたくしの駅
                                國森久美子

 河野裕子の影響を感じさせるが、口語に哀切さが籠もる。亡き人への呼びかけだろう。
 
  この更地にコロナ対策用車両二十台置けると歩幅ではかる
                             岡本 潤

 役所で防疫の仕事をしているのだろう。現場の息づかいが伝わってくる歌。数詞が効いている。
 
  また会はうとふ約束がこのさきのあなたの道に灯らむ、ながく
                               白石瑞紀

 長い時間会えないだろうが、約束を「あなた」はずっと思ってくれるだろう、と信じている。祈りのような美しい歌である。
 
  渋滞に一筋となる光たちにおのおのたどり着く場所がある
                             立川目陽子

 渋滞のすべての車に目的地があるのは当然なのに、なぜか不思議な感じもする。上の句の描写にも新鮮さがある。
 
  身長が25センチも伸びゆくか人間になって最初の年は
                            向山文昭

 一歳になるまでに、確かにこれくらい伸びるらしい。だが、このように表現されると、とても驚く。下の句がユニークだ。
 
  天狼とも言ふよと得意に告げたきに夫はもうゐぬ 青きシリウス
                                藤原はつみ

 一字空けた結句が印象的で、美しく切ない歌。
 
  「最後までやりとげたいこと」一斉にトイレと答えわれらはひとつ
                                 今井眞知子

 老いても排泄は自力でしたい、と皆願うもの。やはり答えが一致し、一体感を持ったのだ。
 
  国税庁とまずおともだち追加して申告相談予約をなせり
                            石川えりか

 ネット上で、国税庁と「おともだち」になるシステムが、何とも皮肉で笑ってしまう。
 
  次に泣く予定はないが泣くために港の端に部屋を借りてる
                             小松 岬

 予定はないのに泣く部屋を借りるという発想が不思議に面白い。「港の端」という場所もいい。
  
  未だ開かぬ画廊の床に三角のドアストッパーその時を待つ  
                             杉山太郎

 ドアストッパーという目立たないものに注目し、情景がくっきりと目に浮かぶ歌になった。
 
  ノックとは戸に打ちつける骨の音 君の扉に打ちつける音
                            北奥宗佑

 ノックとは手の骨が生み出す音なのだ、という発見が怖い。リズムにも衝迫感がある。

  ガムテープ貼って直した靴を履き明日あなたに会うのかわたし
                               逢坂みずき

 「あなた」に会うことを特別視せず、自分を遠くから見ているような結句が、今の時代の人間関係を反映しているのだろう。
 
  特売のさんま一匹落ちており冬靴の波を目に映しつつ
                           竹垣なほ志

 死んだ魚の視点で食品売り場を捉えており、奇妙な印象が生まれている。
 
  二十三の私に踏まれ死んでゆく無数の生物たちよ 春です
                             錫木なつ

 春とは、若さとは、他の生き物を無意識に殺してしまう季節なのだ、という感覚に、何か強い説得力がある。結句が鮮烈だ。
 
  ここだけが飛び地のように冬のままあのこがほしいあのこはお骨
                                茶鳥

 上の句の比喩が斬新。そして下の句の展開も凄い。童歌の替え歌だが、幼馴染が死んだような出来事が背後にあるのではないか。

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