百葉箱

百葉箱2021年2月号 / 吉川 宏志

2021年2月号

  死に上手と死に下手あると漢方医からだ弱きは死に下手と吾に
                              しん子

 医者の一言に、体の弱い作者は傷つく。ただ、繰り返しが多く、軽みのある歌になっている。
 
  先客の揺れの収まり見定めて能楽師のごと吊り橋渡る
                          ほうり真子

 吊り橋を渡る様子がリアル。比喩に、なるほど!と思わせる面白さがある。
 
  つり合わぬことが使命のシーソーはガタンと傾きあなたを待った
                               落合優子

 上の句のシーソーの把握がユニーク。下の句にも、どこか淋しさがにじんでいる。
 
  オーロラやトッポジージョや見えたもの眼の手術後に言ひ合ふ三人
                                友田勝美

 目の手術の後、幻覚で見たものを言い合った場面。「トッポジージョ」が意外で可笑しい。
 
  ぷつぷつと食みしとんぶり今に知る皮のあること手に剥きしこと
                               樺澤ミワ

 箒草の実。何げなく食べていたが、料理には非常に手間がかかることを知り、改めて感謝したのだ。下の句のリズムがいい。
 
  雨が止むまでただ抱き合って過ごすという選択肢もある大人の旅は
                                万仲智子

 性愛を洒落た言い回しで詠んでいる。機智が巧みである。
 
  遠足の列がみだれてしゃがみこむドングリ拾う子 次の子もまた
                               加藤 紀

 一人がしゃがむと、近くの子もしゃがみこむ。結句のリズムでその様子がいきいきと伝わる。
 
  銀色のタンクローリーに映りこみ空より蒼い空が走りぬ
                           黒木浩子

 都市のクールな色彩が目に見えてくる歌。下の句にスピード感がある。
 
  誰だって他人からみれば既得権者 オレンジジュースの氷が溶ける
                                笹嶋侑斗

 「既得権者」批判は最近多いが、行き過ぎの面もある。それを簡潔に諷刺している。下の句の付け方も飛躍があっていい。
 
  磯桶に半身預け息を継ぐ海女の喉に小嵐のあり
                       廣 鶴雄

 海女の姿を具象的に描く。「喉」は「のみど」と読む。
 
  一日(ひとひ)かけ乳をつくりし身体が夜の厨に梨したたらす
                            本田光湖

 授乳期の自らの身体の変化をなまなましく詠んだ一連。他の歌も迫力があった。
 
  数学の補習終わりの君を待つ三分ぶんの初雪を着る
                         小島涼我

 「初雪を着る」がみずみずしい表現。清新な恋の歌。
 
  鉄棒の匂いの残る小さき手にスプレーをして公園を出づ
                           宮脇 泉

 コロナの消毒だろう。さりげないが、子どもとともに今を生きている、静かな情感がある。
 
  ででむしに問われたような気がしたり柘榴のはぜる音を聞いたか
                               山本建男

 ででむしと柘榴の組み合わせに奇妙な味わいがあり、不思議に印象に残る歌である。
 
  アトピーがうろこのようにひかるなら子供の頃は人魚であった
                              山名聡美

 軽いタッチだが、痛みを感じさせる一首。結句に、そうでなかったことの切なさが潜む。
 
  晴れわたる朝のすずめは点線を一気に切り取るようなさえずり
                              音平まど

 かなり変わった比喩だが、全体に勢いがあり、なんとなく納得してしまう面白さがある。
 
  ときどきはあなたの脳にとびこんで花野に佇む私を見よう
                            若山雅代

 「あなた」の目で自分を見たいという不思議な願望。「脳にとびこんで」にインパクトがある。

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