ブログ

カテゴリー "真中朋久"

いわき市で開かれている常磐歌会に行ってきました。
不定期に、今のところ年に2回ほど。
茨城県北部~福島県浜通り在住の方を中心に、といっても福島県内はもとより、かなり遠いところから参加する人もいて、充実した歌会です。
 
不定期なので告知は載せていませんが、参加したいという人は、私または小林真代さんに声をかけてください。

iwaki1 iwaki2
iwaki3 iwaki4


 
2005年の全国大会(宮城・松島)のときには、常磐線に乗って来たうちの子どもたちと仙台で合流したりしたのだが、東日本大震災と原発の事故で常磐線は不通。これまでは広野駅までの運行だったが、今回は富岡までの表示が出ていた。
原発事故終息というにはまだまだだが、少しづつ、いろいろと回復しているのだ。
 
歌会までの時間が少しあったので街中散策。
古い商家を再生したお洒落な店があったり、空を見上げている像があったり。

柿の落葉は美しい。
これはかなり赤くなっているが、緑色がわずかに残るようなときの色あいは、さらに格別なものがある。

FullSizeRender

柿落葉が美しいと気付かせてくれたのは齋藤茂吉の作品。

柿落葉(かきおちば)色うつくしく散りしきぬ出島人(でじまびと)等も來て愛でけむか/齋藤茂吉『つゆじも』
よの常のことといふともつゆじもに濡れて深々し柿の落葉は/同『小園』

何首かあるが、たとえば『つゆじも』の長崎時代の作品。
そしてまた昭和20年の秋、疎開先で迎えた敗戦後の日本の「よの常のこと」を見つめる日々。

永田さんにも柿落葉の歌はあるが、どちかといえば落ちてないほう。

柿紅葉の向こうに烏が我を見る尋章摘句老彫蟲(うたつくるうちにこんなにおいて)/永田和宏『日和』

李賀の詩をネタにした作品。超訳ルビで跳ぶ。

最近は、だいたいの人は携帯電話を持っていて、使われることの少なくなった公衆電話。何かの必要があって、「さて公衆電話は?」と思うと、なかなか見つからなかったりする。

telbox

公衆電話はもうすこし古くからあるが「電話ボックス」というものができたのは1950年代。今のようなガラス張りではなくて、なんといったらいいのだろう。大きさは似たようなものだが、窓のついた箱型の。
その、わりあい早い時期の例はこういう作品。1954年の歌集。

夕さればやさしくベルの鳴らさるる電話ボックスはあかしやの蔭/中城ふみ子『乳房喪失』

昔は、電話ボックスの中に書いてある番号が、そのまま電話番号で、電話ボックスに電話をかけるということも難しくはなかったらしい。
その後の時代も、何らかの方法で電話ボックスに電話をかけるというような話はあった。犯罪がらみで「どこそこの電話ボックスで指示を待て」とか、ふたつの公衆電話の受話器をつなぐようなトリックなど〈探偵もの〉でよく使われたりもした。
とはいえ、誰もいない電話ボックスで、電話が鳴ったらびっくりする。「あかしやの蔭」とあるが、なにか「あやかし」が出てきそうだ。

仕事終へし眼上ぐれば部屋隅の電話ボックス灯りてゐぬ/古賀泰子『溝河の四季』
ペンキ剥げし電話ボックス出でしより憑かれし如く街を行きゆく/西岡敦子「沈める鍵」(塔作品集Ⅱ)

これらの作品も1950年代の前半。
古賀作品は「ボックス」というが、これはちょっと違うものだろう。
学校の職員室に置かれた公衆電話。
西岡作品は、この段階でペンキが剥げているということに、ちょっと驚く。できてまだ数年だが、本体の材質とかペンキとか、そのくらいのものだったのか。

街筋に流るる霧は二十メートル先の電話ボックスの灯も隠しゆく/高安国世『北極飛行』

1960年の歌集。
これも「電話ボックス」が出て来る作品としては早いが、日本のことではない。在外研究で滞在したドイツの町角のこと。

FullSizeRender

去年の 12月号「八角堂便り」 に零余子のことを書いた。
今年もそういう時期になって、零余子がないかと見ているのだが、これがさっぱりなのだ。

杉おおう蔓引っぱると天罰のごとくムカゴがはらはらと降る/池本一郎『藁の章』

去年はもう、ちょっと触っただけでぽろぽろとこぼれてくるようなものを、つまんでつまんで、落とさないようにポケットに入れていた。

それがなぜ。
天罰か?
去年、採りすぎてしまったのか。
種ではなくて芋があれば蔓はのびるはずだから、そういうことではないだろう。

生り年・不生り年というのがあるものか。

私の嘆きが聞こえたのかどうか。
ある方が、零余子を送ってくださった。

それで今年も、なんとか零余子を味わうことができた。

曇り日の人に会わざりし暮れ方にふっくり匂うむかご飯炊く/古賀泰子『木造わが家』

ふっくり匂うむかご飯。むかごごはん。

先々週、ヤブカラシに集まる虫のことを書いたが、その後もいくつか見つけたので追加しておく。
 
21106701_1959674100943994_4951331967622105166_n
 
コガネムシの仲間の中でも、花の蜜や花粉を好むのがハナムグリ。
大きな花ならば潜り込むようにしているのがその名の由来だろうが、ヤブカラシは潜り込むところもない。

夕光(ゆうひかり)の微粒子に部屋つつまれしかばハナムグリの愉悦を理解す/永田和宏『饗庭』
子の腕にあやうく把まるハナムグリ虫もなつくと撫でられにけり/花山多佳子『草舟』

ハナムグリの一回り小さいものに、コアオハナムグリというのがいる。
これも、大きさからすると小さいほうかもしれない。

21231742_1960701637507907_1694214462031094318_n

ハチ・ハエ・アブは種類が多くて、はっきりと同定するのが難しいが、これはアブ。
花の蜜を好むハナアブのなかでも、たぶんヒラタアブと呼ばれるもの。
ヒメヒラタアブではないかと思う。

秋口のやはき日差しに山茶花に扁虻(ひらたあぶ)ゐて羽音ひびかす/外塚喬『火酒』

亀というと、だいたい日向ぼっこしていたり、あまり激しい動きをしないものと相場がきまっている。亀の出て来る作品の多い永田さんの作品も、大方は微睡んでいたり、動かなかったり。

ぼうぼうと物を忘れて生きゆくもおろそかならず日盛りの亀/永田和宏『百万遍界隈』

だが、これは何だろうと思ったのがこの写真。近所の川は両岸をコンクリートで固められていて、ところどころに低い堰堤がある。
その堰堤に向かって泳ぎつづけている2匹。わずかな落差ではあるが、堰堤の滝を越えようとしているのか。

kame1
 
この情景に添えるなら、永田さんの作品の中では、これか。

水の面に首伸べて亀が泳ぎいる頑張れアリナミンVドリンク/永田和宏『日和』

泳ぎつづけて、堰堤を乗り越えることができたら栄養ドリンクのCMになりそうだが、さてこの亀たち、どうなったか。そんなに長く見ているわけにもいかなかった。
 
この川にいるのは、だいたい外来種のミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)。たまにクサガメもまじっている。
魚のほうは、コイが8割、ナマズが2割ほど。

kame4

どうやら近所の人が餌をやっているらしく、岸の上に人影が見えると、コイやナマズ、カメもわらわらと集まってくる。
そんななかで、この日、堰堤を越えようとしていた2匹のカメは、われ関せず、泳ぎつづけていたのだが。
 
そういえばコイが滝をのぼると竜になると言われているが、
カメが滝を登ったら何になるのか。

という話をあるところでしたら、
「ガメラ」
とか、
東洋のことだから「玄武」じゃないか? とか。

とはいえ、それは千尋の滝を登ったらということであって、この程度の堰堤では竜に相当するものに変化することもないだろう。
 
   *
 
やはり近くの別の川に住んでるもの。
クサガメとスッポン。

kame3

kame2
 
クサガメは甲羅に三本の稜があるのが特徴。
スッポンは甲羅がやわらかく、鼻先がとがっている。

通勤経路の植え込みであったり空地の草むらであったりするところに、ヤブカラシがはびこっている。刈っても刈っても生えてくるというのは、しつこいとも、逞しいとも言えるが、夏のあいだは小さな花をつけていて、よく見るとそれなりに可憐な感じでもある。

やぶからし小花摘みつつ遊びいし少女のわれなどいたのだろうか/川本千栄『樹雨降る』

 
そんな小花を摘んでいた記憶が、かすかにある。まったく記憶にないことを、周囲の大人だった人たちから聞かされる。
はるかに遠くなって、懐かしむことすらできない……というところか。
 
だいたい、大人になったら、そんなものには見向きもしない。雑草わどんどん刈り取ってゆくほかはない。
 
のだが、立ち止まって、眺めていると面白い。
ずいぶん、いろんな種類の虫たちが、この小さな花に集まってくる。
わからないものは写真を撮って図鑑をあたり、それでもわからないものもある。

001 002
004 003

左上はミツバチ。たぶんセイヨウミツバチだろう。
右上はスズメバチ。さすがに恐ろしいので、刺激しないように撮影する。ご尊顔を正面から確認することができなかったが、おそらくオオスズメバチ。いや、都会にいるのはコガタスズメバチか(これもけっこう大きい)。
左下はわからない。セグロアシナガバチというものがいるらしいのだが、それにしても黒い。
右下はウリハムシか。名前は「ウリ」で、畑の害虫だが、花の蜜も好むのだとか。
 

005 006

ハチとは別の意味で嫌われ者だが、ハエ。
左はクロバエのなかまでオビキンバエか。
右はニクバエ。
 
ということで、ヤブカラシのまわりは、けっこうにぎやかだ。

この家にひとり残るのは嫌なのだひと夏をかけて繁るヤブカラシ/永田和宏『後の日々』

初夏のころ、たくさんいたテントウムシがぱたっと少なくなった。
暑さにそれほど強くないらしく、盛夏期にはもの陰にかくれてじっとしているのだそうだ。

先日、ひさしぶりに見かけたナナホシテントウは、歩道のうえを歩いていた。
こんなところにいたら踏んでしまう。

天道虫を朝の歩道に蹴飛ばしてかがやく夏の図書館に入る/西勝洋一『サロペツ日誌抄』

蹴とばすというのは、難しかろう。
しゃがみこんで写真を撮っていたら 
 
びゅん
 
と、自転車が横をすり抜けていった。

015

指につかまってもらって、植え込みのほうへ移したが、さてこのあとどうするつもりだろう。
 
   *
 
ナミテントウ や ナナホシテントウ にかわって、しばらく草むらで活動していたのは、ヒメカメノコテントウ。
ふつうのテントウムシに比べて、かなり小さい。3mmぐらい。
テントウムシにいろんな種類がいることを知らないと、テントウムシだと気が付かない。これも、ナミテントウのように、いろいろな模様のものがいる。模様が違っても仲良くしているのは同じ種類。
 
これもアブラムシを捕食する。

013 012

 
   *
 
アブラムシを食べてくれるなら益虫だが(といって、食べ尽くしてしまったら生きていけなくなるので、適当なところでバランスしてしまう)、農作物の葉を食うやつもいる。
 
ニジュウウヤホシテントウとかオオニジュウヤホシテントウとか。
テントウムシダマシとも呼ばれるが、分類としては、テントウムシのなかま。

テントウムシダマシは棄ててテントウムシだけを溜めをり小さな瓶に/花山多佳子『胡瓜草』

毛が生えていてつやがない。かわいくない。だからいらない……ということかもしれないが、畑とか家庭菜園をやるなら、これは逆。テントウムシダマシはつかまえて殺してしまわないと畑を荒らされる。
 
014

これはたぶんニジュウヤホシテントウ。
 
ナス科の植物(ナス、ジャガイモ、トマト……)の葉を好むので、畑で見ることが多いが、ここは幹線道路の植え込み。
ちょっとおどろいたが、雑草として生えているイヌホオズキはナス科。

こういうところなら、草取りするぐらいのつもりで食べ尽くしてもよいのだが、なんとも行儀悪くあちこち食べちらかしている。
 
こういうのも、立ち止まって撮影していると「なにしてますの?」と声をかけられたりする。
よほど挙動不審に思われるのだろう。

全国大会は、スタッフのみなさんのおかげで、大きなトラブルなく終了。

おつかれさまです。
ありがとうございました。
 
koriyama
 
歌会トーナメントは本編だけでなく、夜になってからも、大いに盛り上がったとか。
玄侑宗久さんの講演も、みなさん大いに moved されたのではないでしょうか。

夜の懇親会、そして2日めの歌会。「『塔』ができるまで」ムービーの上映……

有意義な2日間でした。

オプショナルツアーに参加のみなさんは明日も続くのでしょう。
それぞれ個人的なオプションで旅を続ける人もちらほら。
 
かくいう私は、旅というほどの時間はとれないものの、往路とは別ルート。
西之原さんがきっぷの写真を出していたので、私も。

JR西日本の窓口の人には???だったようで、何度も聞き返されたりしながら打ち込み。
持参したメモは「参考のためにコピーさせてもらえませんか」とのこと。

そんなにややこしいか?と思わないでもないですが水郡線経由。

IMG_9555[1]
 
じつは、まだ「途中下車」中。
東京で3日ほど仕事をしてから大阪に戻ります。

通勤経路であったり、ときどき行く出張先までの道みち、草むらがあって、花が咲いていたり、いろいろな虫がいる。このところはテントウムシ。
 
足をとめて写真を撮ったりしていると、通り過ぎてゆく人に怪訝そうな顔をされたりすることもある。
 
テントウムシの代表的なのはナナホシテントウとナミテントウ。ナミテントウは星が2つのもの、4つのもの、もっと多いものであったり、ナナホシテントウに似て赤い地に黒い星であったりする。先日は多星タイプのナミテントウも見たが、すぐに逃げられてしまった。

tentou1 tentou5
tentou2 tentou3

 
テントウムシの歌はたくさんある。その一部を。
 

斑(ほし)ぼしを七つ数へて掌(てのひら)ゆ発たせてやりぬ春の天道虫(てんたう)/河野裕子『歳月』
風立ちて昏れゆく海に対いいて掌(て)の上にあり天道虫ひとつ/田中栄『冬の道』
天道虫手にのせやれば幼子はおどろきて泣く逃げられて泣く/大塚洋子『雲迅く』

 
小さくてかわいらしいから手にのせて遊ぶ。星の数を数えて、あらためてナナホシだねえと言ったり。
刺したり噛んだりすることもないから、と子どもの手に乗せてやったり。それでも、びっくりしてしまうことはあるのだろう。
 
とはいえ、びっくりするのはテントウムシのほう。
 

運命の如く出あいし我の掌に軽しかるしテントウムシの仮死/高安国世『虚像の鳩』

 
昆虫学の言葉では「仮死」ではなくて「擬死」というらしい。死んだふり。
 

ほそながき枯れ草の上くりくりとテントウムシの赤翅(あかばね)うごく/吉川宏志『鳥の見しもの』
せかせかと天道虫は窓を行き枠に当たりて向きを変えたり/天野和子『絵本を開く』

 
わりあいよく動く。人に見られていることに気付いたりするとき、とくに「せかせか」と動いたり。半球型だから「くりくり」でもある。
 

丹沢に異常発生の天道虫鎌倉までを手提げに入りて/中西よ於こ『薔薇葉』
雲迅く飛ぶあしたにてオリーヴの葉裏に遊ぶ天道虫あり/三井修『砂の詩学』

 
地名の入ってる歌を2首。集団で冬越ししていたりするのを見付けてびっくりすることがあるが、異常発生ということもある。ひとつふたつなら可愛いが、たくさんあると、ちょっと圧倒されるようなこともあるだろう。手提げに入っていたのはそんなたくさんではないだろうが。
三井さんの作品は第一歌集。商社マンとして中東方面に駐在していた頃の作品。オリーヴの葉裏にもテントウムシがいるということは、彼の地にもアブラムシがいるということか。そうではなくて、草食性でオリーヴの葉を食害する種類(そういうのもいる。よくいるのはテントウムシダマシ、その他にもテントウムシに似た虫が)だったのか。
 

天道虫(てんとむし)は赤色だと一口にいうてはならぬバーミリオンもあればカドミウムオレンジもある/北川色糸『光追う日日』
足もとを見下ろしたれば蕗の葉に赤一色の天道虫が/花山多佳子『木立ダリア』

 
同じナナホシテントウやナミテントウでも、赤の色は少しづつ違う。さらに、別種の黄色いテントウムシもいるらしい。画家でもある作者は色にこだわっている。
花山さんの見た「赤一色」は何か。ナミテントウのバリエーションの中で、ときどきそういうのもいるらしい。
 
気をつけてみていると、いろんなものがいるのだろう。
 
 
最後に、蛹と幼虫。これはたぶんナミテントウ。ぼんやり成虫に似た色あいであったりするという。ナナホシテントウとナミテントウは、幼虫のときからアブラムシを食べるのだとか。

tentou4 tentou6
ページトップへ