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カテゴリー "真中朋久"

きょうの鴨川。
見慣れない水鳥がいる。
ときどき水に潜ったりしている。
 
家に帰って調べてみると、これはたぶん カワアイサ(川秋紗)の♀。
頭の毛=冠毛がふさふさしているが、♂はそうでもないらしい。

このあさけ水面に細き筋ひきて秋沙が飛べり水に触れつつ/落合けい子『じゃがいもの歌』

頭上には、こんなのとか

こんなのとか


 
にぎやか。

コロナ感染を警戒してなのか、寒さのためか、人間は少なめでした。

七草を入れたる粥のよろしさよ松の明けたるわが身を浄む/三井修『海泡石』

正月らしい正月でもなかったが、それでも節目ふしめを、それらしく。

ゆふかげの差しつつ寒き葭の間(ま)の水には群れて幾つ軽鴨/岡部文夫『晩冬』

カルガモが2羽。
もうすこしくっついたら温かいだろうと思うが、それぞれ。
顔を羽の中に入れている。

寒に入って寒々としている。
雪の多い地方はたいへんなことでしょう。
気をつけてお過ごしください。

葉牡丹の冬によろしき株立(かぶだち)は紫ふかし葉をかさねつつ/北原白秋『白南風』

新年のごあいさつ……というには、いささかタイミングを逸してしまった感じもありますが、今年最初の投稿になります。
コロナ禍で、いろいろと先が見えない世の中ですが、感染に気をつけながら、今年も歌をつくり、歌をたくさん読んでまいりましょう。
 
たくさん言葉を。
 
そう、葉をかさねるように。
 
頭韻タイトルは、今回は引用歌からそのままいただきました。

昔のアララギの歌会は、植物の名前を知らないと「図鑑を見ろ」と叱られたという伝説は、それほど誇張ということでもないだろう。それはそれとして、図鑑で覚えればよいというものでもなくて、なまじ図鑑による先入観であれこれ言うより、実見のおどろきのほうが歌のネタとしては新鮮だ。
で、当然それは植物だけのことではなくて、鳥獣虫魚、その他人工的なあれこれでも同じこと。
 
……と言いながら、細かいことを言ってしまうのだが、虫の呼称も、俗称とか土地ごとの呼び方があるからやこしい。

薔薇垣ありき幼かる我と黄金虫と花粉に酔いき/高安国世『一瞬の夏』

「黄金虫」というのが、これまたややこしくて、野口雨情の「黄金虫は金持ちだ」の「黄金虫」はゴキブリのことだと言われている。図鑑的な狭義コガネムシは花粉まみれになることはそう多くない。花粉にまみれるのはコガネムシ科のハナムグリの類。

鉄線の花に睦める青黄金虫(カナブン)別れ飛び立つ素気もあらず/『湖に架かる橋』

これもハナムグリだろう。
カナブンというのも、コガネムシ科の一グループ。
ハナムグリに近いけれど、ハナムグリが花粉や花の蜜を好むのに対して、カナブンは樹液のあるところに集まるもの。
 
総称的にはハナムグリもカナブンもコガネムシ。カナブンで総称している人もいる。
 

重箱の隅つつくのが楽しいんじゃないんです。
 
目の前にいるのは、おまえは誰だ? というのが楽しいのです。
 
そういう意味で、図鑑(最近は、図鑑的なインターネット)をあたるのが楽しいのです。
知らないものは見ても気づかないということもあるから、図鑑をぱらぱらやっていて野に出ると、いろいろ目にはいってくる。
 
 
やたらと多いのは緑色のコガネムシの、たぶんこれはアオドウガネ。
そのへんの草むらとか、夜に網戸にやってくるのは、だいたいこれ。 

花に首をつっこんで花粉にまみれるのではなく、花そのものを食っている。

葉もむしゃむしゃと。

先日、朝の散歩で出会ったのは、この御仁。
川向うにいるのを望遠でぱちり。

左京区の岩倉あたりだと、珍しくもなんともないのだろうが、このへんでは出没情報が市役所の広報サイトに乗る。
ただ……

朝より幾たび叫(おら)ぶ広報か出没自在な猿をいましめ/植松法子『かたじけなくも』

のように、広報車が大きな声で注意をよびかけてしまったりすると、どうだろう。
あんまり刺激しないほうがいいのかもしれない。

前日あたりから市内に出没情報があり、この日はこのあと川沿いにもうすこし南まで。
翌日には住宅地のなかを北上しているらしく、そこここで目撃されている。

翌々日になって、別の川を渡って山が近くなったあたりで目撃情報は途切れた。

山に帰ったのか。


 
クモの巣でクモが動いている。
 
破れた網を直しているのかと思ってしばらく見ていると、
どうもそういうことではない様子。
 
どんんどん網が消えてゆく。
外して外して、自分のところにたぐりよせている。
 
考えてみれば、
直すにしても、いったん片付けてからでないときれいなものはつくれない。
 
そうなのだが、
実際に壊す=片付ける場面は初めてみた。
 
調べてみると、オニグモ(写真のこれは違うと思う)などは、毎朝片付けて、夕方に新しい網を張るということが知られているらしい。自分で出した糸は自分で栄養?として食ってしまって、ふたたび糸をつむぎだす(と言うのか?)のだそうだ。

美しき平行線を張りいそぐ蜘蛛の行ひためらひもなし/高安国世『眞實』

巣をつくるところは歌の題材になるが、よく見てると、クモもいろんなことをしている。

   *

台風に備えて?

だったらすごいな。

台風の影響を受ける地域のみなさん。お気をつけて。

せんじつ、タンポポを育てている話を書いたが、
タンポポにかぎらず、植物を育てていると(植物に限らないが)、虫や病気など、いろいろある。
タンポポの場合、葉が白くなるウドンコ病、そしてアブラムシがつきやすい。
強い植物なので、そんなに心配することはなく、だめになった葉はむしりとってやればよい。
薬を使ってしまうのが楽だろうが、虫に気づいたらつぶしてやるというのでもよい。広大な畑でなければ、そのくらいでなんとでもなる。

先日、こういうことがあった。
家の中にテントウムシ(ナミテントウの紅型)が入っていたので、ベランダに出してやったところ、翌日もしばらくそこにいて、タンポポのアブラムシをあらかた喰ってどこかにいなくなった。

ずっと居ついて、アブラムシ警備要員になってくれないか……と思っていたのだが、なかなかそんなにこちらの都合を忖度してくれるわけでもない。
そのうちまたアブラムシが増えてきた。

それから一週間して、ふと見ると、小さな黒い虫が動いている。
なにかまた害虫か? と思ったが、どうも様子が違う。こういう小さいものを注意して見たことないが、これはテントウムシの子どもだ。卵から生まれて間もない若齢幼虫にちがいない。

5~6匹いる。見ていると、アブラムシを捕まえて食べている。どんどん食べる。
先日ここに滞在したテントウムシが卵を産みつけていったのか。
 
これは面白くなってきた。

と思っていたのだが、1日もたたずに、アブラムシがほとんど見つからないぐらいになってしまった。
生まれてわずかな期間だが、はやくも餌不足に直面することになる。
ナミテントウの幼虫はアブラムシ以外のものも食うことがあり、それに期待したいところだが、密度高く飼育している場合に餌不足になると〈共食い〉するらしい。
 
彼らを救済するために、どこからかアブラムシを捕獲してくる……という考えは、即座に家人から却下される。
これも運命のめぐりあわせということだ。
 
それにしても、旺盛な食欲である。
アブラムシがほぼ根絶される。

つぎにアブラムシが増えてきたときには、テントウムシの幼虫を1~2匹つかまえてくるのがよさそう。彼らは飛んでゆかないから、しばらくのあいだ仕事してくれるはず。

これはナナホシテントウの終齢幼虫。

粉状(こなじやう)のアブラムシ喰ふ粒(つぶ)ほどのテントウムシをり緑の世界/栗木京子『南の窓から』

そろそろ、緊急事態の峠は越えた のか。
いきなり大丈夫というのでもなく、いろいろ用心しながら……というほかはあるまい。

人の少ない時間帯に、外の空気を吸いにゆく。
ちょっと出ないあいだに、季節がどんどん進んでゆく。

これはイヌビワ。
無花果のなかまだがずっと小さい。
無花果に比べれば味も落ちるらしいが……

鳥が空をわたりし太古のまひるまの陽光をおもふ イヌビワを食ふ/岩野伸子『霧と青鷺』

秋まで待つと、それなりに甘味があるらしい。

ここ何年か、在来種の(形質をもつ)タンポポを育てている。

在来種と見えるものも、外来種と見えるものも、おおかたは交雑しているらしく、もはや純粋というものはないらしいけれど、近所に群落をみつけて、そこから種を少しもらってきて鉢で育てている。
なんということないタンポポだが、近くにあって毎日見ていると、いろいろ発見がある。たとえば花は夕方には閉じて午前中、日が出てから開く。開花して最盛期の蕊はくるりくるりと先がカールしている。
セイヨウタンポポは自家受粉するが、在来種のカンサイタンポポやカントウタンポポは他の花の花粉でないと種ができない。花粉は虫に運んでもらうのが前提だが、そんなに都合よく虫が来てくれるわけでもないので、育てて種をとるような場合には人間が手助けしてやったほうがいい。
隣どうしにある株の花と花とをすりあわせて花粉を交換させたりする。

うまく結実したものは、このくらい。
左のほうにまとめたものは結実しなかったもの。何もしないと、こういうのが半分以上の割合になってしまうこともある。

種とってどうする?
とも思うが、とりあえずあちこちに。

たんぽぽの穂絮が保つ透明のあやうきさまに一日あり経(へ)つ/高安国世『湖に架かる橋』

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