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カテゴリー "真中朋久"

せんじつ、タンポポを育てている話を書いたが、
タンポポにかぎらず、植物を育てていると(植物に限らないが)、虫や病気など、いろいろある。
タンポポの場合、葉が白くなるウドンコ病、そしてアブラムシがつきやすい。
強い植物なので、そんなに心配することはなく、だめになった葉はむしりとってやればよい。
薬を使ってしまうのが楽だろうが、虫に気づいたらつぶしてやるというのでもよい。広大な畑でなければ、そのくらいでなんとでもなる。

先日、こういうことがあった。
家の中にテントウムシ(ナミテントウの紅型)が入っていたので、ベランダに出してやったところ、翌日もしばらくそこにいて、タンポポのアブラムシをあらかた喰ってどこかにいなくなった。

ずっと居ついて、アブラムシ警備要員になってくれないか……と思っていたのだが、なかなかそんなにこちらの都合を忖度してくれるわけでもない。
そのうちまたアブラムシが増えてきた。

それから一週間して、ふと見ると、小さな黒い虫が動いている。
なにかまた害虫か? と思ったが、どうも様子が違う。こういう小さいものを注意して見たことないが、これはテントウムシの子どもだ。卵から生まれて間もない若齢幼虫にちがいない。

5~6匹いる。見ていると、アブラムシを捕まえて食べている。どんどん食べる。
先日ここに滞在したテントウムシが卵を産みつけていったのか。
 
これは面白くなってきた。

と思っていたのだが、1日もたたずに、アブラムシがほとんど見つからないぐらいになってしまった。
生まれてわずかな期間だが、はやくも餌不足に直面することになる。
ナミテントウの幼虫はアブラムシ以外のものも食うことがあり、それに期待したいところだが、密度高く飼育している場合に餌不足になると〈共食い〉するらしい。
 
彼らを救済するために、どこからかアブラムシを捕獲してくる……という考えは、即座に家人から却下される。
これも運命のめぐりあわせということだ。
 
それにしても、旺盛な食欲である。
アブラムシがほぼ根絶される。

つぎにアブラムシが増えてきたときには、テントウムシの幼虫を1~2匹つかまえてくるのがよさそう。彼らは飛んでゆかないから、しばらくのあいだ仕事してくれるはず。

これはナナホシテントウの終齢幼虫。

粉状(こなじやう)のアブラムシ喰ふ粒(つぶ)ほどのテントウムシをり緑の世界/栗木京子『南の窓から』

そろそろ、緊急事態の峠は越えた のか。
いきなり大丈夫というのでもなく、いろいろ用心しながら……というほかはあるまい。

人の少ない時間帯に、外の空気を吸いにゆく。
ちょっと出ないあいだに、季節がどんどん進んでゆく。

これはイヌビワ。
無花果のなかまだがずっと小さい。
無花果に比べれば味も落ちるらしいが……

鳥が空をわたりし太古のまひるまの陽光をおもふ イヌビワを食ふ/岩野伸子『霧と青鷺』

秋まで待つと、それなりに甘味があるらしい。

ここ何年か、在来種の(形質をもつ)タンポポを育てている。

在来種と見えるものも、外来種と見えるものも、おおかたは交雑しているらしく、もはや純粋というものはないらしいけれど、近所に群落をみつけて、そこから種を少しもらってきて鉢で育てている。
なんということないタンポポだが、近くにあって毎日見ていると、いろいろ発見がある。たとえば花は夕方には閉じて午前中、日が出てから開く。開花して最盛期の蕊はくるりくるりと先がカールしている。
セイヨウタンポポは自家受粉するが、在来種のカンサイタンポポやカントウタンポポは他の花の花粉でないと種ができない。花粉は虫に運んでもらうのが前提だが、そんなに都合よく虫が来てくれるわけでもないので、育てて種をとるような場合には人間が手助けしてやったほうがいい。
隣どうしにある株の花と花とをすりあわせて花粉を交換させたりする。

うまく結実したものは、このくらい。
左のほうにまとめたものは結実しなかったもの。何もしないと、こういうのが半分以上の割合になってしまうこともある。

種とってどうする?
とも思うが、とりあえずあちこちに。

たんぽぽの穂絮が保つ透明のあやうきさまに一日あり経(へ)つ/高安国世『湖に架かる橋』

感染症対策のため、在宅の仕事が続いている。
家で仕事をすること自体は、選歌だったり原稿書きだったり、いつものことだから、あまり変わらない。
通勤で気分転換できないぶん、早朝に散歩したり、ベランダに出て外の空気を吸ったりしながらなんとかやっている。
というよりも、外の物音が気になって外に出たり、いろいろ邪魔されることは少なくない。

ツバメは素早くて、なかなか撮らせてもらえないが、たとえばカラス。

かすかな風切音をさせてさーっと過ってゆく。
視野の端に感じてどきっとする。

木々の間を滑空してくる鴉あり蝉鳴きやまぬ午後を来たれば/大島史洋『ふくろう』

甘え声にあぁと鳴きいるカラスあり 朝の曇天横滑りする/吉田淳美『水の影』

吉田さんの横滑りというのは飛び方か。曇天という空間のことか。
なんとなく斜めに横滑りみたいな感じになることもありそう。

おいおい。と思ってベランダに出ると、知らん顔してそこにいる。

椋鳥というと、街路樹や電柱の上に大群になるのが迷惑で、迷惑なことによって認知されることが多いように思う。
それほど大群でなくても、5~10羽ぐらいの群で芝をつついたりして、だいたい群で行動することが多い。

けさのおふたり。

この電線から見下ろすところの家の、戸袋で毎年子育てをしている。

去年と同じ2羽なのかどうかはわからないが、そろそろそういうシーズンなのだろう。

残り雪まだらとなりぬ畝の上を二羽の椋鳥きびきび動く/土肥朋子『涼しいうさぎ』

あまり寒くならないまま、もう節分だ。

鳥の子育て気分は、気温なのか日照時なのか。
もちろん暦を見ているわけではないだろうけれど。

ついでなので大群の写真も載せておく。
正月あけの頃。

こういう大群の中で《出会い》もあるのだろう。

旧正月。春節。 いろいろ呼び方があるが旧暦1月1日。

今年は、伝染病のこともあって、いろいろ心配だが
気をつけながらも、
暦のめぐりを心にとめて、新しい年を迎えるのがよい。

旅の途上にあるみなさんも、すこやかに旅を続けられますように。

紹興酒乗せたる円卓まわされて旅の途中に春節祝う/西本照代『勾玉』

くちばしのさきに黒と赤の模様があるので、たぶんこれはウミネコ。

ウミネコといえば、(ユリカモメ以外のカモメもだいたいそうだが)海にいるものだが、最近は都会の、ビルの屋上のようなところでも繁殖しているらしい。
屋上緑化というのが、冷房効率を上げるためにも推奨されているけれど、それがあたかも海辺の断崖の上の草地のように見えるわけだ。
海まではそれほど遠くなく、大きな川などあればなおさら子育てには良い環境ということになる。

ウミネコ側はそれでいいのだが、そこに住んでる人にとってはたまったもんじゃない。
うるさいし、糞は落とされるし。

なかなかたいへんだ。

海猫の鳴くざわめきに目覚めたり冬は世界に覆いがかかる/藤田千鶴『白へ』

鴨川のユリカモメも風に乗って気持ちよさそうに飛ぶ。
とはいっても、人間からもらった餌を奪い合ったり、トンビに威嚇されたり、なかなか忙しい。

京都はまっすぐな道なので、橋を渡るより、だいぶ手前から橋のあたりが見えている。
ばらばらと、橋のあたりを飛ぶのは、あれはユリカモメ。

街筋の彼方に白くひらめくを近づけば川原に飛び交ふ鴎/高安国世『眞實』

京都の鴨川あたりにいるユリカモメは群れてることが多いが、港にいるカモメはそうでもない。
写真のこれはセグロカモメあたりか。


 
群れていないというのは、つまり、いつもそこにいるわけではないということでもあって、港に行けば必ずカモメに会えるというものでもない。
しばらく風に吹かれて立ってると、ときどきふわーっとやってくる。

もちろん、夜になったらどこかの塒で静かにしているのだろう。

とっぷりと暮れてしまいし南港の〈かもめ埠頭〉に鴎は見えず/山下洋『オリオンの横顔』

写真も大阪港の南港だが「かもめ埠頭」のある南港南ではなく、その北側の埋め立て地。

きょう=1月20日は二十四節気の「大寒」。
地域によって多少の違いはあるけれど、だいたい一番寒い時期のはず。
 
だが、たいして寒くならない。
近所の、今朝の駐車場の、自動車の上は水滴。

先週の金曜日あたりは、ちょっと冷えて霜がうつくしかった。
 

 
寒くないのは、身体には楽だが、それはそれでいろいろなところに影響が出たりしないか心配だ。
スキーに行きたい人が不満の様子。

とりあえずおだやかな冬の日。

大寒のひかり穏やか 母さんは「介護美談」を作らせず逝く/北島邦夫『ミントブルー』

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