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カテゴリー "真中朋久"

椋鳥というと、街路樹や電柱の上に大群になるのが迷惑で、迷惑なことによって認知されることが多いように思う。
それほど大群でなくても、5~10羽ぐらいの群で芝をつついたりして、だいたい群で行動することが多い。

けさのおふたり。

この電線から見下ろすところの家の、戸袋で毎年子育てをしている。

去年と同じ2羽なのかどうかはわからないが、そろそろそういうシーズンなのだろう。

残り雪まだらとなりぬ畝の上を二羽の椋鳥きびきび動く/土肥朋子『涼しいうさぎ』

あまり寒くならないまま、もう節分だ。

鳥の子育て気分は、気温なのか日照時なのか。
もちろん暦を見ているわけではないだろうけれど。

ついでなので大群の写真も載せておく。
正月あけの頃。

こういう大群の中で《出会い》もあるのだろう。

旧正月。春節。 いろいろ呼び方があるが旧暦1月1日。

今年は、伝染病のこともあって、いろいろ心配だが
気をつけながらも、
暦のめぐりを心にとめて、新しい年を迎えるのがよい。

旅の途上にあるみなさんも、すこやかに旅を続けられますように。

紹興酒乗せたる円卓まわされて旅の途中に春節祝う/西本照代『勾玉』

くちばしのさきに黒と赤の模様があるので、たぶんこれはウミネコ。

ウミネコといえば、(ユリカモメ以外のカモメもだいたいそうだが)海にいるものだが、最近は都会の、ビルの屋上のようなところでも繁殖しているらしい。
屋上緑化というのが、冷房効率を上げるためにも推奨されているけれど、それがあたかも海辺の断崖の上の草地のように見えるわけだ。
海まではそれほど遠くなく、大きな川などあればなおさら子育てには良い環境ということになる。

ウミネコ側はそれでいいのだが、そこに住んでる人にとってはたまったもんじゃない。
うるさいし、糞は落とされるし。

なかなかたいへんだ。

海猫の鳴くざわめきに目覚めたり冬は世界に覆いがかかる/藤田千鶴『白へ』

鴨川のユリカモメも風に乗って気持ちよさそうに飛ぶ。
とはいっても、人間からもらった餌を奪い合ったり、トンビに威嚇されたり、なかなか忙しい。

京都はまっすぐな道なので、橋を渡るより、だいぶ手前から橋のあたりが見えている。
ばらばらと、橋のあたりを飛ぶのは、あれはユリカモメ。

街筋の彼方に白くひらめくを近づけば川原に飛び交ふ鴎/高安国世『眞實』

京都の鴨川あたりにいるユリカモメは群れてることが多いが、港にいるカモメはそうでもない。
写真のこれはセグロカモメあたりか。


 
群れていないというのは、つまり、いつもそこにいるわけではないということでもあって、港に行けば必ずカモメに会えるというものでもない。
しばらく風に吹かれて立ってると、ときどきふわーっとやってくる。

もちろん、夜になったらどこかの塒で静かにしているのだろう。

とっぷりと暮れてしまいし南港の〈かもめ埠頭〉に鴎は見えず/山下洋『オリオンの横顔』

写真も大阪港の南港だが「かもめ埠頭」のある南港南ではなく、その北側の埋め立て地。

きょう=1月20日は二十四節気の「大寒」。
地域によって多少の違いはあるけれど、だいたい一番寒い時期のはず。
 
だが、たいして寒くならない。
近所の、今朝の駐車場の、自動車の上は水滴。

先週の金曜日あたりは、ちょっと冷えて霜がうつくしかった。
 

 
寒くないのは、身体には楽だが、それはそれでいろいろなところに影響が出たりしないか心配だ。
スキーに行きたい人が不満の様子。

とりあえずおだやかな冬の日。

大寒のひかり穏やか 母さんは「介護美談」を作らせず逝く/北島邦夫『ミントブルー』

きょうは小雨。それほど寒くはないが、寒々とした景色の堂島川界隈。

「囀る」というのも、狭義にはもうちょと高らかに歌うことのような気がするが、スズメやシジュウカラは、だいたい常に、声をだしあいながら枝をとびうつる。

つつぴー。つつぴー。

四十雀のどの白きがひらめきて幹限りなきくもりの林/高安国世『一瞬の夏』

この歌の「のど白き」はひっかかっているのだが、喉正面から腹にかけての黒い帯(ネクタイ)があるぶん、その両脇の灰白色、あるいは頬の白が目立つということかもしれない。

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台風かなり広範囲に被害をもたらしたようですが
みなさん、ご無事でしょうか。

お見舞い申しあげます。

関西もそれなりに風が吹いて雨が降りましたが、ひとまず明るい朝を迎えた生駒山です。
 
ただ、風は強くて、晩秋の時雨のような雨がぱらついたりしました。

名前で呼ぶ習慣の国はそれで、
番号で呼ぶときには、去年の、一昨年の……となるので、西暦下2桁とあわせて、1919号などと呼びます。

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イナゴが稲にすがるというのは、あたりまえ。
表現として「つきすぎ」であるが、まあいいことにする。

すがりいるひとつイナゴを見ておればくるりと茎の背後にまわる/池本一郎『池本一郎歌集』

カメラを向けていると、じりじりと、やがてくるりと位置を変える。

縦型の写真を載せるのがちょっと難しいので、
稲刈りシーズンに入った田圃の写真の中に、レイアウトしてみた。

namazu

もともと水田の多い土地。
今でも住宅地の間で稲作をやっているところがあって、わりと大きな水路がある。

そこにコイやナマズが泳いでいるわけだが、この朝、このあたりはナマズ。
写真の左上のほうにかたまって、小さな魚がいるが、これはコイの幼魚か。
やはり小さいので、まだら模様で水底にじっとしていて、ときどき動くのがいる。ハゼの類か。

石垣の下の窪みにいるナマズが、ときどき出てきて小魚を蹴散らしたりしているのだが
よく見ると、ナマズの顔はなかなか面妖だ。
 
なにが……というのは、たとえば眼。

光の具合もあるのだろうが、なにか白く濁っている感じがする。

その眼で見えるのか。

泥の中にいて、視力よりは音とか振動とか、そういう感覚で生きているらしいのだが。

濁り水足で掻きつつ聞きをれば雨夜に笑ふとふ鯰の話/河野裕子『紅』

ふふ。

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