ブログ

カテゴリー "澤村斉美"

201703〆切本

なぜこの本を買ってしまったのか。

締め切りに向かってがんばる、踏ん切りをつけてやるべきことに向かうための、勇気と希望と活力。

そのきっかけとなるほんの少しのヒントをこの本に求めたはずでした。
踏ん切りがつかないのですが、どうしてくれよう。おもしろすぎて恨みます。

とはいえ、村上春樹の「植字工悲話」という文章が、弱い心にじわじわと効いてきました。

締め切りに悶絶する作家たちの文章が詰まった一冊。
締め切りに強い人は、たぶん読みませんね。

 

201703京都御苑桜

3月号の特集「平井弘インタビュー 恥ずかしさの文体」は、昨年10月に岐阜市へ行き、平井弘さんにお話をうかがってきました。約4時間にわたり、たっぷりとお話しくださいました。

平井さんが少年時代を過ごされた地域と私の実家はわりと近く、以前、お話ししたときに、場所の記憶に共通のものがあることに驚きました。40年ほど時間は隔たっているものの、「平井さんもあの岩(前一色山という小さな山の上にある巨大な岩で、地元の子どもたちの遊び場になっていた))で遊んだの!?」というようなことが出てきます。平井さんの子ども時代を追体験しながら自分の子ども時代がよみがえってくるような、不思議な感覚になります。

4月号掲載の後編では、文体の変化に迫っていきます。お楽しみに!

写真は先週、京都御苑にて。
桜だと思うのですが、どんな種類なのか。つぼみはふっくらと丸く、花は純白、八重咲きです。インターネットで調べると「白妙」というのが近い気がします。

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。今年も面白い「塔」12冊が無事に出ますように。

写真 1

さて、京都は穏やかな天気の一日となりました。写真は京都市上京区、京都御苑の西にある護王神社にて。毎年、干支にちなんだ動物を描いた巨大な絵馬が登場します。酉の絵馬の前には……

写真 2

狛犬ならぬ「狛いのしし」。奈良時代、祭神である和気清麻呂が宇佐へ向かったときに300頭のイノシシが守護したことにちなむとのこと。天に向かって吠えており、なかなかの勇姿です。境内には、3頭の本物のイノシシが来ていました。芸をするのだそうです。どんな芸?!と興味を引かれましたが、時間がなく素通り。檻のなかで鼻息荒く動き回っているのを見ると気の毒な気も。再来年の亥年は境内がさらに盛り上がるのかもしれません。

足腰の守護神でもある清麻呂公。昨年、私が出産を控えていたころに、父が腰を痛めました。散歩のついでがあると立ち寄り、父と私二人分の腰の健康をお願いしていました。

本の処分、で思い出しましたが、京都・百万遍の知恩寺では毎年10月末ごろに「古本供養」が行われます。「秋の古本まつり」の初日に行われる行事です。役目を終えた本を燃やすのではなく、出品することで本が供養されるという考えらしいです。たしかに、やむなく手放した本を誰かが手に取ってくれたと思うと、なんとなくほっとしますね。

10月4日は古書の日、10月は古書月間。ということで、私も自宅に眠る古本たちと向き合ってみたいと思います。

さて、古書つながりで、今日は京都・岡崎の山﨑書店へ。平安神宮の大鳥居の近くにある古書店で、美術書を専門に扱っています。

静かな住宅街にニョキっと現れる「本」の文字。
20161002塔ブログ1

「本」の字は板で作られているようです。存在感あります。
20161002塔ブログ4

20161002塔ブログ2

店内で開催中のアート展を見にきたのですが、本棚に詰まった、そして台に広げられた古書がとにかく、すごいのです。和本の数々から独特のにおいが。人間より本の存在感の方が圧倒的です。うす暗い地下室もあり、そこには出番を待つ古書たちが静かに生息していました。展示室の一つになっていたので入りましたが、ふだんは入れないのかもしれません。日本美術、東洋美術に関するものが多いように思いました。たまに詩の本や、「折々のうた」も交ざっていました。

10月とは思えない蒸し暑さのなか、窓辺に釣り下げられた鉄の風鈴が、ちりん、と鳴ります。異界を見ました。

20161002塔ブログ3

「塔」4月号の「方舟」で、池田友子さんが「会員の皆さんは古くなった『塔』をどうなさっているのでしょうか」と書かれ、池田さんオリジナルの歌集作りを紹介されていました。

我が家は夫婦で会員なので、1年に24冊「塔」が増えます。入会して約17年なので、単純計算しても408冊。

20161002塔ブログ

こちらは、昨年1年分の「塔」12冊を並べたときの厚さを測ってみたところです。14.5センチあります。24冊で29センチ。29センチ×17年=493センチ。約5メートル。

すべて本棚に保管したとしたら、けっこうなことになります。

さすがにそれはね、ということで、毎年年末に1年分1組を残して処分しています。残した1組は、軽く紐でくくって(必要なときにいつでも取り出せるように結び方を軽くします)、ダンボール箱に入れて保管していますが、うーん…限界がくる日も近そうです。

さらに会員暦の長い方はどうされているのか、本当に聞いてみたいですね。

ちなみに、創刊以来の「塔」をすべて並べるとどうなるか。見てみたい方はぜひ事務所へ行ってみてください。壮観です!(ダジャレではありません)

20161001塔ブログ
会員の皆さん、ご存じでしたか?

「塔」の「方舟」は、自主投稿の欄です。自主投稿だとは知らなかった、という方もあると聞きます。最近は批評会やイベントの報告記が多い印象があり、依頼原稿によるページかな、と思われるのも無理はありません。

自主投稿です。内容は自由です。

旅行記、エッセイ、会員へのメッセージ。誌面への感想や反論はなお、読み応えがあります。今年の分だけでも読んでみてください。短歌とは別の肉声が聞こえる、味わい深い場となっています。

私のなかでの今年のヒットは、4月号、千葉なおみさんの「思い出の活字」です。それから1月号の田中律子さん「東京歌会吟行会「賭けた!詠んだ!酔った!競馬に挑戦!」。えー!そんな楽しいことしてたの、いいなあ、と悔しいような楽しい気持ちに。佐藤南壬子さんや滝友梨香さんの投稿も、声が聞こえてくるような気がしました。あ、勝手に「方舟」大賞を決めても面白いかもしれませんね。

皆さん遠慮なさらず、どんどん投稿ください。私も何年ぶりかで投稿しました。思わず何か書きたくなるような文章を誌面で読んだので。そんなささいなきっかけでいいと思います。

選挙でした。投票所になっているのは近所の室町小学校です。めったに来ることもないので、探検をば。

最近、「『歩きスマホ』を誘発する」という保護者からのクレームに応えて、座ったスタイルの二宮金次郎像が全国各地で登場しているとか。ここはどうなんだろうと探してみると、ありました。昔ながらの二宮金次郎の石像です。

ブログ1

二宮金次郎像のそもそもの由来を考えれば、やっぱりこれがしっくりきます。座ると、働きながら寸暇を惜しんで勉強した、という勤勉の教訓が薄れるような気がします。もっとも、私の通っていた小学校では、校舎北側の、人けがなく木々がうっそうと茂る中に二宮金次郎像の草鞋の足だけが残っていて、心霊スポットになっていました。教訓もなにもありませんでしたが、ある意味、忘れがたい金次郎像です。

ブログ2

金次郎像の隣に四本の石柱が。文字が刻んであります。立て札に書かれた由来によると、いつの時代のものかは分からないものの「是(これ)より洛中荷馬口付(にうまくちつき)のもの乗るべからず」と彫られているそうです。「この地点からは京都の市中になるので荷馬からおりて馬の口取りをしなさい」という意味だそうです。この辺り(室町地区)は江戸時代以前の京都の町の北の端にあたり、郊外から多くの荷馬がやってきました。その馬が町中で暴れるとたいへん危険なので、この石標が町の入り口に立てられたそうです。ほ~と感心。京都では、こういった過去の町の痕跡に出合うことしばしばです。今の町からは想像もつかない、ひょんなところに現れるので面白いです。

全国大会が近づいてきました。2日目の公開プログラムには講演「マンガを詠んだ短歌」(真中朋久)、鼎談「越境する表現」(池田理代子、永田紅、吉川宏志)があり、とても楽しみにしています。

これに連動して8月号の特集も「マンガと短歌」です。「私の好きなマンガ」という題で投稿も募集していましたね(すでに締め切られています)。それぞれに好きなマンガへの思い入れが伝わってくる、読み応えのある内容になっているそうで、こちらも楽しみです。

お題はちょっとずれますが、マンガと私についての思い出話を一つ。子どものころ、私の家ではマンガを買ってはいけないことになっていました。「教育方針」のような立派なものではありません。なんであかんの、と聞いたところ母は「置き場所がない。ごみが増える」と言っていました。ごみだなんて、ひどい・・・。これは、当時私が「りぼん」のようなマンガ雑誌を欲しがったため、雑誌はすぐにごみになるというような意味で言っていたようです(それにしても、ひどい言い草ですけれど)。

借りて読むのはかまわないわけで、図書館で手塚治虫を読んだり、友だちに少女マンガを借りたりしてちょこちょこ読んでいました。母がどこからともなく『ドラゴンボール』を借りてきたこともありました。そのようにして、持っていないわりには、有名作や話題作を読んでいました。

しかし、「これはどうしても手元にほしい。今これがなかったらだめになる」と心底思うときがきます。中学3年のときでした。年も明けて、いよいよ受験という時期、買いました。貯めていたお年玉で。親に内緒で。地元から離れた町中の本屋で。山岸涼子の『日出処の天子』全7巻です。文庫サイズのマンガが出始めたころでした。一気に買いました。クラスメートに借りて最後まで読んだことがあったのですが、もう1回読みたい、あの場面をもう1度見たい、あれどういうこと!?といった欲や疑問が頭の中で爆発していて、これを鎮めるには手元に置くしかない、と決断したしだいです。自分の衣類をしまう引き出しの下の方に隠しておいて、受験勉強の合間にこそっと読んでいました。こそっと読むマンガの楽しいこと!格別でした。今は実家の古い本棚にしれっと並べてありますが、いまだに親は、私が中3でこっそり買ったものとは知らないようです。

ずっと後になってから、「大人買い」という言葉を知りました。人生で初めて買ったマンガ、中学生のくせに大人買いしたんやなあ、阿呆やなあと改めて思いました。こういうことにならないように、自分の子には適宜、マンガが欲しいなら買ってやりたいと思います。ただし、私も読みたいものに限る!! って、やっぱり阿呆の考えることは阿呆なようです。

ブログ写真
(写真は本文とは関係ありませんが、今、気に入っている、よしながふみの『きのう何食べた?』という料理マンガです。これを見て夕食を作ることも。ちなみにこれは大人買いではありません。新刊が出るたびに欠かさず買う、コツコツ買いです)

20160422塔ブログ
こんにちは。澤村です。

息子は生まれて3か月半となりました。
1日24時間中20時間ぐらいは子に向き合っており、ブログも子どものことぐらいしか書くことがないという状態です。なんとか短歌の話もしたいとは思うのですが、ご容赦ください。

「赤ちゃんのいちばんのおもちゃは親である」と何かで読みましたが、まったくその通りだと実感する日々です。3か月だと、自分でおもちゃで遊んだり、動き回ったりはまだできません。寝転がっているか抱っこかしかありません。必然的に、大人が自分の顔と身体を最大限活用して遊び相手になります。あとは、散歩に行くぐらいでしょうか。

「きんすけどん、お相手しもんそ」

わが家の最近の流行語はこれです。鹿児島の言葉で、「きんすけさん、お相手いたしましょう」。(「きんすけ」は息子の名前です)

舟になったり、踊るゆりかご(「さんぽ」のエンドレス歌唱付き)になったり、丸太になったり、風になったり、バイクになったり(写真をご参照ください)。「反復横跳び」っていうのもあったな。それはもう体を張って、ありとあらゆる遊びを発明しては子に仕掛けています。おかげでかーさんくたくただ! しかも、遊びのネタがもうない。何かいい遊びはありませんか? 身一つでできるような、赤ちゃんが喜ぶ遊びで、こんなのしていた、というのがあったらぜひ、教えてください。

******

地震のニュースを日々注視しています。

夫の実家が鹿児島市で、地震発生直後に何人かの方にご心配いただいたのですが、鹿児島市(の紫原という地域)は大きな被害はなかったとすぐに分かりました。しかし、余震が心配で眠れなかったといいます。
熊本や大分の震源に近い地域での不安はいかばかりかと思います。昨年夏の大会でお世話になった方々のお顔を思い浮かべています。

20160131欣ちゃんの足

子どもが生まれました。

手にうんちをかけられて呆然と動けなくなり、おしっこの噴水(男の子です)に「うわああああ」と叫ぶ、そんな洗礼も受け、ようやく3週間がたちました。赤ちゃんも自分もなんとか生きていることに、やれやれと息をついています。赤ちゃんは、昼と深夜はわりと落ち着いているのですが、なぜか夜の8時から日付が変わるころまでは寝つきがよくなく、大泣きします。かなしい、つらいという泣き方ではなく、なにもかもに対して真っ赤になって憤っている感じ。こんなに怒って疲れないんだろうかと心配になるぐらいです。赤鬼ってこんな感じかも、と思いながら、抱っこしてゆらゆら揺れています。

昨夜、NHKで「ママたちが非常事態!? 最新科学で迫るニッポンの子育て」という番組があり、見ることができました。出産後、女性の脳や体には次々と大きな変化が起きて、育児をする能力が育っていくのだそうです。そのことが科学的に解明されつつあるといいます。また、進化の過程で人間には育児をする能力が備わってきた、とも。

例えば「母性」について。子どもを育てる能力=「母性」は、女性にはじめから備わっているのではなく、赤ちゃんと関わる経験を重ねるなかでしだいに育っていくのだそうです。泣き声を聞いたときに反応する脳の領域が、はじめはごく一部だったのが、しだいに脳全体に広がることが証明されていました。

そうか、私はいま未知の能力を開発されつつあるのか、と思うと、子育てによる寝不足も乗り越えられそうです。

ところで、番組で取り上げていたのは女性の変化についてだけでしたが、では男性はどうなのだろう、というのが素朴な疑問。夫は出産から3週間の育休を取り、育児については初心者として私とほぼ同時にスタートしました。今のところ、寝かしつけは夫の方がうまいです。男性も、赤ちゃんとの関わりによって「母性」的なものが開発されるのではないか、と私は見ています。

(写真は、生まれてすぐの子の足形です。)

ページトップへ