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カテゴリー "岡部史"

この写真は、韓国の知人が贈ってくれた仮面劇に使われるお面の
ミニチュアです。お土産用に額装されているものです。
韓国では重要無形文化財に指定されている仮面劇がいくつかあり、
この仮面は「河回別神神楽仮面劇」という演目に使われるとのこと。
ちなみに、上から、貴族、妻、若妻、士族のお面です。

お土産用ということで、本物にどれだけ近いのか。私は韓国の
伝統的仮面劇は見たことがないので何とも言えないのですが、
このミニチュアに見る限り、日本の能面の表情の豊かさには
遠く及ばない気がするのですが。
稚拙なだけに、ちょっと、怖いです。どの顔も死相が
現れているようにも感じてしまって・・・。私は能面も含め、
お面というものがそもそも苦手なせいもあるのだと思うのですが。

大森静佳さんは、能面を彫っておられるという
ことでしたね。いつかこのコーナーにも書かれていました。
彫っている人はたぶん、その手で、いつも何か感じているはず・・。

  黒猫を撫でるその手を遠い日に私が彫った手のようにも思う
             大森静佳 『カミーユ』

我家の庭に咲く野生の白い百合。八月になるとあちこちに
咲きますが、翌年も、と期待するともう立ち消えていたり。
そして別のところに咲いたり。丈が長くなりすぎて(2m近く)、
自ら支えきれなくなって、倒れ、そのまま朽ちてしまったり。
野生ならではの奔放さです。

多摩地区はもともと野生の百合の豊富なところだったらしく、
わが家より程遠からぬ地に「百合が丘」なる地名もあります。
百合の花は散る時がちょっとみじめですね。写真にも
見えますが、細い茶色の紐のようになり、さいごには
ぽこっと、首が抜けるように散っていきます。

 さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 
             与謝野晶子『みだれ髪』

この見事だった一株も、もう今では跡形もありません。
ちなみに撮影したのは二年前なのです。

 年年歳歳 花同じからず・・・・


13日に「むろん木槿だが」と題し、上記の写真と共に、
ここに出していた記事があったのですが、まもなく
「それは芙蓉では?」というご指摘を頂き、
一旦保留にしておりました。

私が月に二、三度、用事があって訪れている
地域の道筋に、夏になるとあでやかに咲く花で、
私はずっと木槿と思っていたのです。芙蓉なら
掌状に切れ込みのある葉、でもこちらはやや卵型。

でも、指摘を受けてよくよく見ると、花のつぼみや
樹形は芙蓉のように見えますね。私の持っている
樹木図鑑には「芙蓉と木槿の見分け方」などという項目も
あり、同じアオイ科でかなり似ている花、の様ではありますが。

  名前って、いったい何なの? 薔薇と呼ばれている
  あの花も、他の名前で呼ばれたとしたって、
  その甘い香りに変わりはないはずでしょう?
       シェイクスピア『ロミオとジュリエット』

と、なんだか言い訳めいてはいますが、この写真を皆さんにも
楽しんでいただきたくて、再掲します。短歌は木槿の方を。

  今日はまだ水曜日かと言いて子は出勤したり木槿咲く道
             本間温子『書架をへだてて』

ワシントンの自然史博物館を訪れたのは、1986年4月某日午前。

コロナ籠りしていた今春、書棚を整理していて、その折に
購入したパンフを発見しました。表紙の写真は、スミロドン。
更新世と呼ばれている時代に生息していた大型獣で、
剣歯虎などと和訳されている動物。
犬歯が発達していて、英語名はSabertoothed Cat。

発見場所はロスアンジェルス郊外にあったタール溜りで、
地下のタールが砂状の地表に絶えず滲出しているような
地域だったらしい。落ち葉などでその様子がみえづらく、
動物たちが足を踏み外して一度落ちるともう、生還不能。

タール溜りでは、湿度や空気から遮断されるので、
このような完全な骨格が発見される確率が高いらしい。
それにしても見事な立ち姿、と思いませんか。

私はこの骨格の前でしばらく身動きできませんでした。
この後、博物館前に迎えに来てくれた永田和宏氏の車で、
ワシントンで開かれた歌会に参加。人生でそう多くない、
密度の濃い一日となったのでした。

スミロドンは、大型獣でしかも絶滅していて・・・。
ちょっと恐竜に似ていますよね。どんな暮らしをしていたか、
いろいろと想像をそそられます。

 首と尾を水平に伸ばすが定説となり恐竜は組み直されぬ
                   森尻理恵『S坂』
 一億年前暴君竜(ティラノザウルス)は谷のスミレを踏んだであろうか
                   三井修『軌跡』

  

新型コロナウイルスの感染拡大が顕著になり始めた
今春、東京都知事が「東京をロックダウンする可能性」
について言及した時はやはり、驚きました。まずは、
その言葉の激しさに。ロックダウン(lock down)は、
もとは、囚人を厳しい監視下に置く、というような
場合に使われる言葉でしたし。
他にもオーバーシュート、クラスターなど、英語ばかり。
よく意味が掴めないことや、その語感の
鋭さから、妙に禍々しく感じられたことでした。
その後批判されて、それぞれ「都市封鎖」「爆発的拡大」
「集団感染」などと言い換えられたりしましたが。

今では外来語化し始めて居るような状況ですね。
ズーム、テレワーク、リモート、オンラインなども
利用者が急増するにつれ、言葉も日常語化してしまいました。

もっとも浸透したのはクラスターでしょうか。
集団感染、と言えばそれで済むのに、他の病気との
差別化、という一面もあるのかな。
クラスター(cluster)はもともとは、葡萄とか藤の花、
みたいな、房状の塊を指す言葉でした。今回のコロナ騒動より
ずっと前に作られていた、こんな作品がありました。

  クラスターつまり葡萄の千房の爆弾保有すこの日本も
               中川佐和子『朱砂色の歳月』

今の日本の状況を予言したような一首ですね。

この度もブログ当番ではなく、割り込みで失礼します。
先月下旬、普段利用している駅近くを歩いていると、警官の姿が
見え、さらに歩道に人垣ができている。はて、事故でもあったか、
と人々の視線の先を見ると・・・。

なんと親鴨が子鴨を引き連れて車道を歩いているのでした。
警官が車を誘導し、どの車もそろそろと通っていきます。
親鴨は悠然とジグザグの歩行を続け、観ている方がはらはら。
でも、問題はその先・・・。
一番近い川辺まででも一キロ以上はあるのです。
この後、鴨さんたちはどうしたのかな・・・。

 雪ふれる余呉湖にそそぐ川水のいたく寂けし鴨を浮かべて
                 田中栄『海峡の光』

ブログ当番ではないのですが。

割り込みで失礼します。

ちょっと皆様にお知らせしたい件が生じまして。

京産大を退職された永田和宏氏、熊本でレタスをつくる

お仕事を始めたらしい(?)。

(写真は六月某日、某バーガーショップにて)

グアムでは十年余り前まで、政府公認の唯一のギャンブル、
ドッグレースが行われていました。一周五百メートル弱の
トラックを、大型のグレーハウンド犬が、時速70キロもの
スピードで走る、と聞いてグアムを訪れた折に足を伸ばしました。

賭け事には興味がなく(そんなお金あったら、自分に賭ける!)
観るだけ、のつもりでした。写真のように、出場前にエントリー
された犬たちがお披露目され、観客は身近で犬の状態を
確かめることもできます。どの犬も興奮気味。少しでも
身体を軽くしておこう、との意図でしょうか、目前で
脱糞してしまう犬もいて。なんだかとても愛おしくなり、
私も、「やっぱ、賭けてみよう!」と、馬券ならぬ、犬券を
買い求めに走りました。果たして、成果は?

三度ほど買いましたが、かすりもせず・・・。
やっぱ、観るだけにしよう、ここでシャカリキになったら、
日本に帰れなくなるかもしれん・・。と自分を諫め・・・。
しばらく犬が走る姿を集中して観ていました。
競馬と異なり、犬は騎手を載せたりしないので、とにかく、
身軽に美しい。勿論、馬の走る姿も美しいけれども、
地面とほぼ水平に飛ぶように駆け抜ける姿は、特に素晴らしい。

すると、そこへ、これまで見たどの犬よりも美しい、と
思われる犬が登場したのです。バランスの取れた筋肉。
落ち着いた表情。言い忘れましたが、競馬の馬と同様、
どの犬にも名前がついていましたが、この美犬は、なんと、
Assassin! 「暗殺者」なのでした。む~、何という凄い
名前なんだろう! と、唸り、何も考えずにそのまま
犬券売り場の窓口に駆け込み。そうして・・・・・。
みごと一着でゴール!損した分ほど戻ってはきませんでしたが、
何だか、本当に嬉しくなって、今もあの夜のことを思うと、
胸がワクワクします。

 脱糞を遂げたるのちは全力で駆けもどりくる一頭を待つ
               なみの亜子『ばんどり』


このコロナ禍で、今年はお花見もできずに過ぎました。我が家の
近くにも、ちょっとした桜の名所があるのですが・・・。
そこにさえ、足を運ぶことなく。

一昨年、ちょうど桜の満開の頃に都内に用事ができ、少し迂回して、
目黒川のお花見に出かけたことを思い出しました。上の写真は、
目黒駅前の権之助坂。私は学生時代、このあたりにあった信託銀行で
アルバイトをしていたのですが、もう確たる場所がわからないほど、
変わってしまっています。

目黒川も私の記憶の中では、都市の谷間を流れる、小汚い小河川、
というイメージでしたが、見事に変貌を遂げておりました。
行き交う人々の間から、中国語や韓国語も聞こえ、欧米の人の姿も。
目黒川に掛かる新橋の上、多くの人の頭上からカメラを差しだして
撮影してみました。

  紙風船が吹かれるほどの風に浮くさくらはなびら川は吸い寄す
                 花山周子『林立』
  四階の部屋の窓より見下ろせり高き護岸の間(あひ)の目黒川
                 花山多佳子『晴れ・風あり』

三週間ほど前、朝刊に長谷川郁夫氏の訃報をみつけた。享年七十二。
学生時代に出版社小澤書店を創業された方である。すぐに思い出したのが、
「前川佐美雄全集」。佐美雄の『植物祭』『大和』『捜神』は、現代歌人
全集に収録されているので読んでいる。だが、他の歌集、たとえば『天平雲』、
『積日』などを読みたい。佐美雄の自選集『方響』に、一部を読むことが
できたが、それだけでは物足りなく思っていた。
やがて、小澤書店から「前川佐美雄全集全五巻」が刊行されると知った。
四半世紀くらい前になる。
購入したい、と思ったのだが。ちょっと躊躇したのは、お値段。
一冊一万円プラス消費税。当時は三%だったけれど、やっぱ高いよね。
えいっと、それこそ山から飛び降りるつもりで買いました!まず第一巻。

  たつた一人の母狂はせし夕ぐれをきらきら光る山から飛べり
                    前川佐美雄『大和』

一巻には、天皇を神格化し、戦争に高揚する作品を収めた『日本し美し』
等の歌集を収められていた。この歌人の知らなかった作品群に驚き。
短歌の韻律がそそのかす負の側面か、と思ったりもしたのだった。
それでも、『天平雲』をじっくり読めたことが一番の収穫。

  山上の湖(うみ)の水ひくく漏れて来てまたつくる青くちひさなる湖
                   前川佐美雄『天平雲』

全集の第二巻までは歌集篇だったので、第二巻までは頑張って買おう、
と思っていたのに、いつまでも刊行されず。2000年、小澤書店は倒産。
私の手元にはこの一冊だけが残りました。

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