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カテゴリー "岡部史"

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今年の塔の全国大会の開催地浜松から、昨夜帰宅したところです。
その詳細については例年通り、11月号で報告される予定です。
でも、夕食の内容までは(あ、昨年もこんなこと書きましたっけ)
載りませんよね。それで、またここに、お世話頂いた静岡県の
会員の皆様、また塔スタッフの皆様に感謝しつつ、美味の
一部をご披露いたします。

上の写真は和風の前菜です。海陸両産物に恵まれた静岡ならではの美味。
見た目もとても美しいですよね。この後、真鯛のソテー、牛ヒレ肉の
ポワレ、炊き込みご飯、などが続きました。いずれも美味しかったのですが、
圧巻はデザート!
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マンゴーのムース、バニラパルフェグラス添え。
宴席でご一緒だった隣の会員女性が溜息をついておられました。
「座っているだけで、こんな美味が登場するなんて、夢のよう」
この一年に一度の贅沢を味わうために、たゆまず歌を作り、
仕事の方も頑張っていこう、と言う気持ちになれます。
また、来年、皆様にお会いできますよう。

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北海道の特産品として知られているハスカップ。キイチゴやコケモモなどと同じ、
ベリー類と知って、是非味わってみたいと思っていました。昨夏、帯広を訪れた際、
ようやく入手できました。ハスカップのコンフィチュール(って、ジャムじゃん)。
私は、朝食のヨーグルトと共に頂きました。味も見た目もブルーベリーのジャムに
似ていますがやや酸味が強く、後味は爽やか。ハスカップの歌、みつからなかった
ので、とりあえず、歌の方は、ブルーベリーをご賞味くださいませ。

  深淵の水のぞくごと瓶の蓋ひらく朝ごとのブルーベリージャム
                尾崎左永子『夕霧峠』

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歩道を歩いていて、すぐそばの植え込みで見つけた蜂。
熊蜂かな、と思ったのですが、クロマルハナバチか。
(アブって可能性もあるか。差異がよくわからないのですが)
子供の頃、祖父の家の庭で遊んでいて蜂に刺され、
大泣きした記憶があり、今も蜂か、と思うと、ちょっと・・・。
写真撮るときも、腰が引けていたはず。

  熊蜂がふと通り抜け赤子抱く人は赤子を胸にしまえり
                前田康子『色水』

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俵万智さんの『サラダ記念日』が刊行されてすでに三十年を過ぎた。
当時、万智さんは高校の先生で

  万智ちゃんを先生と呼ぶ子らがいて神奈川県立橋本高校
                   俵万智『サラダ記念日』

と、ばっちり歌にも詠まれていた。JR橋本駅は我が家からほど近いところにあり、
京王線も乗り入れているので、時々利用する駅である。この駅の近くに万智さんの歌碑が
あると聞いて、ついでの折に見に行った。最初はなかなかみつからず、近くを通りかかった
高校生(橋本高校かな?)に訊いてみたけれど誰も知らない、という。

ネットで場所を確認してからもう一度訪ねてみる。歩道のまんなか、マンションの前に
立っている小さな碑で、ちゃんとみないと歌碑とは気がつかないほどさりげない。
歌碑に刻まれていたのは、上記の橋本高校のうたではなく、

  紫のもっとも淡き一群れに想いをのせんあじさいの花   俵万智

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万葉集には「武奈伎」と表記されていたらしいですが、その頃から日本人は
鰻を食べていたようです。ここ数年、漁獲量が急減し、もはや絶滅危惧種・・・。
我が家の近くにも鰻料理の老舗があり、家族の冠婚葬祭などの折に愛用
していたのですが、七年ほど前に閉店してしまいました。仕入れがうまくいかず、
お店を続けられなくなったとのこと。上記の写真は、昨年、柴又に出かけたときに
食べたうな重です。もう、最後かも、とかみしめて味わいましたが(また食べるかも)。

鰻好きの歌人と言えば、断然斎藤茂吉ですね。

  これまでに吾に食はれし鰻らは仏となりてかがよふらむか
                  齋藤茂吉『小園』

関西では「まむし」と呼んでいるのだそうですね(違う食べ物みたいだ)。

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目黒駅から権之助坂を降りて、山手通りと交錯する角近くが金毘羅坂の坂下。
その少し先に、その名も面妖な「公益財団法人 目黒寄生虫館」があります。
基本財産と寄付により運営されている私立博物館、ということで、こじんまりと
はしていますが、内容的にはとても充実していて・・・。

最初はうえ~っつ、と心の中で退きながら、目は引き寄せられていく感じ。
たとえば、こんな、人間の体内から採取された、ミミズ状の虫とか。
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他に、人間の身ではなく、動物に巣食う寄生虫も沢山展示されていました。
サナダ虫が圧巻だったんだけれど、長すぎてでしょうか、エラーになってしまって
写真がここにアップできません。作品で感じて下さい。

  冬晴れの金毘羅坂に空き地ありそのさき目黒寄生虫館
  さなだ虫やわらやわらに畳まれて標本壜に収まるあわれ
                 吉川宏志『夜光』 

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二年ほど前に訪れた、ベトナム中部の都市フエ。阮王朝の都として栄えた町です。
写真にある王宮は、ベトナム戦争でかなり破壊されましたが、修復が進み、近年は
観光客で賑わうようになりました。ベトナム戦争時、十代だった私は、やはり
ベトナムというとあの悲惨な戦争のことを真っ先に思い出してしまうのですが。

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市場は活気に溢れ、特に農産物が信じられないほど豊富。市場の担い手は断然女性たち。
戦後の復興が速やかに進んだのも、勤勉なベトナム女性の存在あったればこそ。

  過去形も未来形もなき越南(ベトナム)語今日を生きつつ女たくまし
                        谷岡亜紀『闇市』

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今日から大相撲夏場所が始まりますね。場所は両国国技館。両国はまさにお相撲一色の地区で、
駅の改札脇にはこのような、お相撲の像が皆様を待ち構えています。みんなどこを撫でるか一目瞭然。
近くにはお相撲の部屋もいくつかあって、早速陸奥部屋をみつけました。

お相撲というと、2010年11月に十両に昇格して俄然注目されるようになった高安。
しこ名は本名ということもあって、「塔」では創始者高安國世との縁が取りざたされるようになり、
歌に詠まれる方も多いのです。

  高安先生と何の関係なけれどもやはり応援力士高安
                      上柳盈子「塔 2017年10月号」

今場所は体調不良により、休場ということで残念ですが。
両国は駅構内から、お相撲に関する展示も多く、例えばこんなコーナーもあります。
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近くに来られた折は、足を延ばしてみて下さい。ちなみに、東京歌会、東京平日歌会などが
開かれている中央区産業会館からも、一駅のところです。

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冬は木木も葉を落としているので、野鳥を見るのに良い季節ですね。
我が家の近くの公園には、尾長が群れを成してやってくる様も見られ、
写真に写したいと思うのですが、なかなかうまくいかず。
庭にはコガラ、シジュウカラ、ヒヨドリ、キジバト、ツグミなど
次々にやってくるのですが、あまりに狭い庭なので、カメラなど
向けようものなら、あっという間に飛び立たれてしまいます。

写真は昨年堺に行ったときに、海辺近くを散策していて撮影したもの。
手前はカルガモのようですが、奥はクロガモでしょうか?
冬は靴下も靴も履いていない足が、冷たくないのかなあ、などと
よけいなことを考えていました。

  雌鴨の漁る水脈がゆっくりと冬の川面を渡りてゆけり
              永田淳『湖をさがす』

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写真は東南アジアの、とある国の蓮池ですが、こういうところ、
蛙が沢山生息していそうですね。
昨年11月29日の朝日新聞夕刊の「ウシガエルの輸入」という記事には、
驚きました。ちょうど百年前の1918年、日本は農村の貧困対策として
食料用にウシガエルを輸入、養殖事業を推進するも、需要が伸びず根付かずじまい。
ところが、終戦直後の食糧難のため米国から大量の米、小麦を輸入せざるを
得なくなった時、見返り物資として目をつけられたのがこのウシガエルだったとか。
輸出は増え続け、1950年には700トン。水産物としてはビンナガマグロ、メカジキ
に次ぐ輸出量で、まさにドル稼ぎのホープとなり、日本の窮地を救った・・・。
蛙の力、凄かったんですね。

しかし最盛期の69年、輸出された冷凍肉から農薬が検出されて、禁輸措置が取られ、
以後、輸出は激減、再び日の目を見ることはなく今日に至っている、という。
ウシガエルの肉、そういえば、アメリカのスーパーではよく売られていました。
私は、中国の上海で、食べたこともあります。立派な海鮮料理店で、おもてなしを
受けたときだったので、驚愕したけれど、断れず(涙)。でも、鶏肉に
よく似た淡白な味で、言われてなければ、蛙肉とは気づかなかったかも・・・。

  垂仁のみささぎの池になにやつか食用蛙を釣りて釣りおとす
                      坪野哲久『北の人』
日本では戦後、食用に蛙を釣る人が結構いたらしいことは、周達生『カエルを釣る、
カエルを食べる』(平凡社)などでもうかがえますが・・・。
次に、台湾の市場で見かけた食用ガエルの写真を。ちょっとショッキングかも。
気の弱い方は、ここで、このページを閉じてくださいますように。

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