ブログ

カテゴリー "岡部史"

コロナウイルス感染拡大の恐れで、もうどこにも行けない毎日。
華やかな行事の多い三月も、今年は息苦しいような日々ですね。

昨年、お雛様(手作りのものと古雛)の展示会に行ったことを
思い出しました。そこで、さるぼぼに出会ったことも。
展示会の参加者による手作りのものです。

さるぼぼは、飛騨に伝わる古い人形で、豪華なひな人形などを
購入できない民家では、ひな祭りに飾ることもあったとか。
唐代の中国から伝わったと言われている、とても古い素朴な
人形でした。さるぼぼという名前も愛らしいですね。
飛騨の言葉で「ぼぼ」は「子供」を意味するそうです。

  ひとり旅に一位細工のさるぼぼの”金運上昇”買ふ空ごころ
                  丸山順司『チィと鳴きたり』

一位細工は飛騨の匠の伝統を引く工芸らしいですが。
こちらのさるぼぼは、金運を招くというものなのでしょうか?

ブログ当番ではないのですが、割り込みで、失礼します。

毎年12月の上旬には、寒さ対策のため、観葉植物の鉢を家の中に
入れています。お天気の良い日中は、外で日に当てているのですが。
今まで一度も花を咲かせたことのない、「金のなる木」の鉢に、ミノムシが
ついているのを見つけました! 私、これまでほとんどミノムシを
見たことなかったので、感激してカメラを向けることに。

こんなところで越冬しちゃって、大丈夫?
と、声をかけています。四月には外に出すので、無事、旅立っていくでしょうが。
あれれ、題がまたまた真中風になっちまいました・・・。

 みの虫はみの虫のままに死ぬなれば柘榴の枝に吹かれよ吹かれよ
                     今野寿美『若夏記』

ネズミの仲間といえば、ディズニーのミッキーとミニーは外せませんね。
「塔」のフリマで配られた「ねずみの歌」のアンソロジーも、この二匹が
かなり詠まれておりました。写真は、香港のディズニーランドでの
パレードから。次から次へとやってくる豪華な出し物に、もう夢中になって
見入り時を忘れました。

ディズニーランドって、なんてところでしょう。虚無的なまでの巨大な幻想、
ばかばかしいほどの華麗さ、見る人を無化するような、賢い人をも一時は
アホに、アホな人はさらにさらにアホにするような、虚ろな、かつ、
爆発的なエネルギー。もうどこにも行きたくない、このままここに、ずっと
ずっと、ミッキーたちと留まっていたい、と思わされる。でも、どんな宴にも
終りはあって・・・。

  パレードのミッキーマウス届かないものに僕らはいつも手を振る
               上澄眠(「ねずみの歌」から)
  
  ねぇねぇねぇ汚れちまった悲しみを根こそぎ落とすネズミーランド
               相原かろ『浜竹』

写真は大阪の海遊館で撮影したカピバラです。ずっと本物を見たい、
と思っていたので、数年前に大阪を訪ねてカメラに収められた時は
感激しました! ガラス越しなので、写りは良くないのですが。
意外に大きいのです。そしてとぼけた様子がとても愛らしい。

カピバラには個人的な思い出が一つ。もう四半世紀も前に、動物が
二百十数種類も登場する絵本を訳したことがあるのですが、この時、
「ジャングル」の頁に、一匹、大きな鼠状の生き物が登場。
原書ではWater cavy となってました。手元の辞書にはない言葉、
あれこれと調べると、「テンジクネズミ」としている資料があり、
納得できないままやむなく、これを採用したのです(インターネットは
まださほど普及しておらず、私は使っていなかった)。
二千年代に入ってから、カピバラとして紹介されている映像を
テレビで見て、あっ、これじゃないか! と・・・。今じゃ、カピバラを
知らない人って、いないですよね(翻訳の言葉は古びやすい)。
もう遅いけれど、訳をなおしたくてうずうず。
少なくとも、「ミズオオネズミ」にしておいたら良かった。

 南米産ミズオオネズミカピバラは日本の出湯に目を細めをり
                    岡部史

追記 記事をアップした後、「塔」のフリマで配られたという「ねずみの歌」
をネットプリントしに近くのコンビニへ出掛けてきました。するとその中に
二首のカピバラの歌を発見! 詠んでいそうな人の歌集を何冊か調べて、結局
見つからずに上記の拙作を載せたのでしたが。お二方の作品を以下に。

 あくまでもねずみではないと言いそうなカピバラ映る干支引継ぎに
                         菊井直子
 カピバラはネズミ目とぞ知りしときその四頭身おそろしく見ゆ
                         村上和子
                                                                                        

鼠年にちなみ、ネズミの仲間たちの話題を。
以前に米国に住んでいた時、ペルー出身の友人ができ、彼女が
里帰りの折同行させてもらい、リマの実家に泊めてもらった。
親族が住むという北部の街ガハマルカでは、名物の「クイ」料理を
振舞ってくれるという。まずは町はずれの市場で、生きたクイを品定めして
購入する。写真でご覧の通り、クイとは英語でguinea pig。日本語で
モルモットのことなのでした! え~~~~、これを食べるのか!!!
と怯んでも遅い。クイは皮をむかれて

唐揚げにされてしまった。料理しているのは友人の伯母さん。
ところで、日本語のモルモットは、実は英語でいうMarmotではなく、
このクイと同じGuinea pigのこと。日本に紹介されたとき誤用されたらしい。
それで英文中のMarmotをモルモットと和訳すると誤訳になる、という
ヤヤこしいことになっちまいました。

 モルモットを海猽と呼び天竺鼠と訳したる日本近代の暁紅(モルゲン・レーテ)
                      永田和宏『華氏』


12日に名古屋で行われた社団法人「塔」の定時社員総会に
出席した折、ついでに駅の近くに一泊、ノリタケミュージアムに
出掛けてきました。名古屋は私にとって、ずっと「陶器の街」、
いつか行ってみたい、と思っていたのです。
ミュージアムはなかなか素晴らしく、ついでに同じ敷地内にある
レストランで昼食も。お料理はすべてノリタケの食器で供されます。

七、八歳の頃、母が突然、ノリタケの組食器を
購入したことがありました。当時はそんなに余裕なかったはずなのに
そして我が家にはオーブンなんかなかったのに、オーブン用の耐熱皿や
ポットなども含む、かなりの量の食器がどっと届いて、驚いたことが。
日常的に使うので、次々に欠けていき、もうセットで持ち続けることに
情熱を失ったのでしょう。ティカップは、私が結婚するときに
「使いなさい」と渡してくれたくらい。
六つずつのセット、今も手元にありますが、
カップを一つ割ってしまっています。

組物の陶器いちまいづつ欠けて妻(め)となり十年こはいものなし
栗木京子『綺羅』

わが家の近くの公園では、休日になると父さんたちが子どもとサッカーやテニスに興じている様子が見られる。

IMG_20190124_141841

その公園に続く道で、最近自転車に乗れるようになったらしい女の子に、後ろから注意を与えながら歩く父親らしい姿が。思わず、シャッターを切ってしまいました。それにしても、子供用自転車で練習できるなんて羨ましい。私が子供の頃は、大きないかつい大人用自転車しかなく(ママチャリですらなく)、いわゆる三角乗り(死語ですな)で必死で練習したのに。

 

下じゃない前を見ろまえをみろ父親が子の自転車をささえて走る
垣野俊一郎「塔2019年10月号」

三か月ほど前、家の前の道路の真ん中に、かみきり虫を
みつけました。変に傾いたまま落ちている、って感じで。

もう亡くなっているのかな、車に轢かれたらかわいそう、と
玄関わきの植え込みに運んでやると、レンギョウの葉に、
傾きながらも、足を動かして、つかまるではありませんか。
DSC00354

ああ、生きていたんだな、とほっとして、写真を撮ることに。
ゴマダラカミキリ、ですね。ほんと、黒白の斑が美しい。
と、見ていると、いきなりぱっと、翅を広げて飛び立ちました。
宙におかしな弧を描きながら、離れていきました。
やっぱ、どこか体を痛めていたんではないかな・・・・。

  飛ぶ前に翅をおおきくひろげたり櫟の幹のかみきり虫は
                永田愛『アイのオト』
今回の題は、真中さんのシリーズ(?)をまねてみました。

IMG_20190417_143032
東京都練馬区にあるちひろ美術館は、岩崎ちひろの自宅兼アトリエが
そのまま利用されて創設されたもの。住宅街にあり、広くはないのですが、
ほぼ二カ月ごとにテーマを替えて企画展が行われています。

今春、私が出かけたときは、「ちひろのキッズファッション」。
ちひろは、絵本画家として知られるようになる以前には、
子供服のデザイナーとして活躍していた時期があり、
数々の婦人雑誌などに、デザイン画が残されていました。

この企画展では、彼女のデザイン画をもとに、服飾を学ぶ学生らが
仕立てた子供服も多く展示されていました。企画室内の撮影は禁止、
とのことなので、中庭を挟んだカフェの窓から写した写真を。
IMG_20190417_141125
ちひろの絵本の中の子供たちが、まだその辺を飛び回っているような
雰囲気で、しばらく贅沢な時間に浸りました。

 絵本原画展に少女いざなう絵となりて静かに壁にかかっていたい
                     山下泉『光の引用』

DSC00310

IMG_20190927_160707
九月中旬頃、自宅からすぐ近くの自然公園の中で撮影したもの。
自然のまま残されているので「公園」ではなく「××山」と呼ばれてます
訪れる友人は「武蔵野の雰囲気、残っているね!」と感激するけど、
実は「残っている」のではなく「残している」のです。自治体と、
自治会で「手を加えない」という条件で地主から借りているから。

九月になると、まるで「曼殊沙華の苑」と呼びたいくらい、大量に
咲きます。歌に詠みたいけれど、けっこう難しい。何しろわれらが
主宰にはこんな名歌も詠まれているし。

 風を浴びきりきり舞いの曼殊沙華 抱きたさはときに逢いたさを越ゆ
                     吉川宏志『青蝉』

異名が沢山ありますね。その名称が活かされている歌も。
  
 何か埋まる印のごとく彼岸花四五本ほどが道の端に揺る
                小林信也『合成風速』

ページトップへ