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カテゴリー "岡部史"

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先日、朝起きて自分の部屋の掃き出し窓を開けようとして、
思わず、ぎゃっと声が出てしまいました。敷居の上に
ヤモリがいたからです。しかも、外側でなく内側に。

ということは、家の中に入っていた、ということでしょうか。
ヤモリは、「家守」でもあり、害をもたらすものではないとは
知っていますが。なにしろ、爬虫類に弱くて・・。
ここで動き回られたら、パニックになるところでしたが。
びくともしないので、少し落ち着き。箒の先で、そっと外へ導きだしました。

が、テラスの下でじっとしているので、写真を撮ることに。
どうも、かなり弱っていたみたいです。家から出てもらうのは、
夜にすべきだったかな、と少し後悔しました。
30分後くらいに見てみると、どこかへ消えていましたが。
どうか、ご無事ですように。

 窓一枚あたりに二~三が張りつける家守というはなま身を張れる
 くらき側に張りつく家守の足うらの花弁ひらける雪花のごとく
                なみの亜子『ばんどり』

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昨年6月、東京西部にある多摩森林科学園を訪ねた折り。
その日はどんよりと曇っていて、開園と同時に入ったのは
私と友人の二人のみ。受付の人がにこやかに、
「今なら、モリアオガエルの卵、見られますよ」
と、教えてくれました。言われた通り、建物の裏手にある、
小さな池の脇の茂みに目を凝らすと・・。

先に見つけたのは、森林歩きが趣味の私の友人。
「ほら、あそこ!」と指さすのだけれど、私はなかなか
それらしきものを捉えられず。というのも、思っていたより
ずっと高い枝の上に、あったから。池の水面から、3mちかく。
孵化した後は、雨の力で、水面にたどり着く、らしい。
う~ん、確かに、枝はわずかながら池側に張り出している。

不思議な命の営みに、なにかとても厳粛な気持ちになりました。

 ゆるゆると鳰照る月見坂のぼりモリアオガエルの卵に出会う
           白石瑞紀『みづのゆくへと緩慢な火』

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港区六本木に立つ、高層ビル六本木ヒルズ。
蜘蛛の形のオブジェの下から見上げるように撮影しました。
最上階の52階付近は、時折靄がかかって、地上からは
見えないこともあるのですが、撮影の時は幸い日が差して
薄い青空のもと、まあまあの写真が捕れました。

高速エレベータで52階へ。ここには森アーツセンターの
ギャラリーがあって、当日は「ムーミン展」が開催されていたからです。
大好きなムーミンの挿絵の数々を堪能した後、ガラス越しに東京の
街並みを見下ろしました。

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ビルの北側からの展望です。
向かって左手に見えるのは、斎藤茂吉も眠る青山墓地。
こうしてみると、東京の街は意外に高層ビルが少ないのですよね。
そして、こんな都心に大きな墓地が残っているということにも
驚かされてしまいます。夜ここから見ると、墓地近辺は真っ暗、のはず。
生者は誰も住んでいないのですから。

 明るいだけ、あるいは暗いだけの世界隣り合ひつつ都市の闌(た)けゆく
                   栗木京子『けむり水晶』

十数年前、奄美大島を訪れた折、黒糖焼酎の製造工場も見学。
そこで見つけた、ある商品のラベルに目を引き付けられました。
古いお札が利用されていたから。これは沖縄、奄美群島が米軍
占領下におかれていた1945-1958年9月まで唯一の通貨だった
米軍発行による軍票で、俗にB円と呼ばれていたお札でした。
軍票といえば、松本清張の小説で有名になった「西郷札」が
思い出されるところですが・・・。

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焼酎の名前、「加那」は、この地に一時潜居を命じられていた
西郷隆盛の愛人の「愛かな」の名からつけられているらしいのです。
(「かな」は方言で、「愛しい人」という普通名詞でもあるそうな)
二人の間に生まれた子は後の京都市長・西郷菊次郎。

この焼酎は、ほとんど東京の高級バーに卸されていて、一般には
出回らないそうです。小さい一本だけ譲ってもらって、ホテルで
ちびちびと味わいました。奄美の黒糖焼酎には、ちょっとここでは
書き切れない位、複雑な歴史があって・・。でも焼酎は、いかにも
黒糖から作られているらしい、深い甘味と爽やかな口当たりでした。

 うまさけはうましともなく飲むうちに酔ひての後も口にさやけき
                  坂口謹一郎『発酵』

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横浜歌会では一年に四回、題詠を行っていて、今月のお題は「粋」。
純粋、抜粋、生粋、粋人、などの熟語が選ばれる中、次は「無粋」を
詠んだ粋な歌(ここへの掲載に際し、ご本人の了解を得ています)。

  金のなる木と無粋な名前つけられて路地に花月の花白く浮く
                       関野裕之

金のなる木は我が家でも二十年ほど鉢植えで育てていますが、
一度も咲かず。それが今年の一月、知人宅で「咲いたよ」と
はじめて見せてもらったばかりでした。それがこの写真です。
ふーん、「花月」ともいうんだ。と、出席者は一様に驚き。
まさか、「金のなる木」が本名とは、誰も思っていなかったみたい。
「フチベニベンケイ」ともいうそうです。
でも、もちろん「花月」だから成り立った歌。
ともあれ、わが家で一度も花が咲かないのは、はたして、どんな
「警告」なんだろう、などと考えてしまいました。

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今日は第三日曜日、東京歌会の日です。
最近は変わることもあるようですが、三十余年も前から
主な会場は東日本橋の産業会館。東京平日歌会、東京で行う校正作業も。
JRの浅草橋駅から少し南へ行き、大川に添って東へ数分歩くと、
隅田川の手前に柳橋があり、わたると真ん前が靖国通り。
その先、両国橋のたもとに、産業会館はあります。
このあたりは、ほんの少しながら江戸の雰囲気が残っていて、

 やなぎばし船宿六軒それぞれに木の階(きざはし)を川面に降ろす
 舫ひある綱は張りまた緩みたり水にまどろむ船に添ひつつ
                   村上和子『しろがね』

こんな風情が味わえます。産業会館は薬研堀通ともよばれる
小道に面していて、このあたりには薬研(やげん)とという
漢方薬を砕く器具の形をした堀があったことから名付けられている
らしいのですが。江戸時代は近くに遊女が沢山いて、
堕胎専門の女医も多く住んでいたことに由来するとも・・・。
あれこれと過去を思いながら歩くにも格好の地です。写真のような、
薬研不動院もありますが。この窮屈な建ちように、地価の高さが
うかがえますね。我が家からは二時間近くかかり、このところ
ずっとご無沙汰してますが、お近くの方は是非東京歌会へ!

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ドライブ大好きの犬、よく駐車場わきの柵のところで
待機している。
犬「あ、お出かけみたいだ。連れてってくれないの?」
主「お使いから帰ってから、お散歩行くよ」
犬「ドライブの方がいい。ねえ、乗せて、乗せて」

犬は言葉を話さないけれど、心は通じ合う。

  見てゐるとこちらを向きぬなほ見れば犬は瞳を深くして待つ
                 高野岬『海に鳴る骨』

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主「背後にスキあり、それ!」
犬「むむ、しまった」
主「モモンガ跳び~」
犬「モモンガじゃないよー、やめて~」
主「イヌモモンガー」
犬「ひ~、勘弁して」

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こどもの国は、横浜市の北部にある児童施設。
上皇陛下と美智子さまのご成婚を記念して、1965年5月5日に
開園、100haの敷地に、牧場や、温室、ミニ動物園などが設置され、
冬はスケート場、夏にはプールも楽しめますが、
樹木が多くて、全体としてはハイキングコース的存在です。

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我家から車で二十分程の近さなので、時折出かけてますが、
ということは都心や首都圏東部からはかなり遠方になりますね。
上皇陛下は皇太子、天皇時代にご家族とよくお出かけでしたが。
最寄り駅のこどもの国線は、この園のために設置された盲腸線、
周囲は農家が点在するだけで、平日は本数も少なく、

  空席に秋陽みたして平日の「子供の国線」まだ発車せず
             高瀬美保子『通奏低音』

まさに、こんな感じでした。最近は駅周辺の開発が進み、
高層のマンションが立ち並んで、風景は一変してしまいました。

川崎市麻生区にも隣接し、ここには「柿生」の地名があるくらい、
柿の産地でもありました。王禅寺という名の寺があり、禅寺丸柿という
品種が有名だったようです、が。今はどうなんだろう・・・。

  四百年越ゆる樹として囲はるる禅寺丸柿小さき実なり
                  今野寿美『若夏記』

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我が家の近くに、花水木が街路樹になっている一角があり、
四月下旬に一斉に花開き、その美しさに毎年ながら目を奪われます。
掲載の写真は、樹形をしっかり見たいと思って撮ったもので、
写真としてはあまり面白いものになりませんでしたが、華やかさは
感じていただけるでしょう。

一昨日の横浜歌会でも、花水木の歌が登場。舟になって空に漕ぎ出す、
というような幻想的なお歌でした。魅了された会員も多く、「花水木は
桜の代わりにアメリカから送られて日本に根付いた植物。そういうことも
背景に詠んでいるのでは」という素敵なコメントもありました。
四季の何気ない景色が、短歌によって重層的なものに変えられ、より
豊かな記憶として胸に刻まれていくものだな、と改めて思いました。

  花水木の道があれより長くても短くても愛を告げられなかった
                     吉川宏志『青蝉』

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私のブログ当番には、まだ間があるのですが、割り込み参加です。

四月中旬まで渋谷で開かれていた「クマのプーさん展」に
駆け込みで出かけてきました。プーさんの挿絵を担当した
E・Hシェパードによる原画が多数展示され、物語世界の紹介なども、
盛りだくさんで、充実した展覧会でした。一角には入場者が撮影できる
コーナーも用意されていたので、その時の写真を一部をご紹介します。
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プーさんのお話は、作者A・Aミルンの息子クリストファー・ロビンと彼が
愛用したぬいぐるみたちがもとになっています。実際に使われていた
ぬいぐるみのレプリカも展示されていて、いずれも子供が遊んだ跡が
如実に残されていて(その部分も含めての複製)笑ってしまいました。

さらに、お話に登場するロバのイーヨーは、悲観的で理屈っぽい、
ちょっとヤな感じの老人、いや老ロバ、という印象なのですが、
これはお話が構想されたとき、一番古いぬいぐるみでかなり傷んでいて、
頭など、地面に垂れるほどに曲がってしまっていたことから、性格も
そのようになったのだそうです。改めて納得し、不意に河野さんの作品を
思い出しました。
  
  子供らが耳につかまり育ちたるぬひぐるみのロバ汚れて失せつ
  縫ひぐるみのロバの耳につかまりて子らは育ちし名無しのロバの
                      河野裕子『家』

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