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カテゴリー "岡部史"

漫画雑誌は風邪を引いて寝込んだりした時くらいしか
買ってはもらえなかったけれど。購入している友人に
頼み込み、月遅れの号を貸してもらったりした小学生時代。

手塚治虫は勿論好きだったけれど、当時は牧美也子、
わたなべまさこ、水野英子、らの他、少女漫画を描いていた
男性作家も多く、石ノ森章太郎、赤塚不二夫、ちばてつや、
横山光輝など、今思えば、錚々たるたるメンバーが力作を
発表していた時代だったので、もう、幅広く夢中でした。

中高時代は部活とか受験とかで、一時漫画からは離れて
おりましたが、学生時代に家庭教師していた中学生の子に
手塚治虫の「火の鳥」を紹介(!)されてから、また火が付き
神田の古本屋街を歩き回って買ったのが写真の『火の鳥』です。
虫プロ商事株式会社発行のCOM名作コミックスの中の二冊、
B4判の大きさで読みやすく、今も大切にしてます。
実は、もう一冊買ったのだけれど、教え子の
中学生に「持っていない編なので譲って」と頼まれ、泣く泣く。
(断ったのに返してくれなかった)まあいい歳こいて、ですよね。

その後、妹に紹介されてブラックジャックにもどっぷり浸かり。
最近ですが、人と話していて「ブルガリヤで」と言おうとして
「ブリガイヤ」と発音してしまい、(あれ、ピノコが乗り
移った?)と思ってしまったことも(汗)。

 手塚治虫の描きたるごとき犬と会ふくしやみしながら行く冬の土手
                  栗木京子『水仙の章』

水牛も、勿論牛の仲間。写真は十数年前の、沖縄の琉球村で撮影。
砂糖黍を搾汁するために、かつては水牛が使われていて、その
様子を再現したものです。本物の水牛が登場していて、なかなか
見ごたえのある場面になっています。製糖業は沖縄の主要産業で、
今も細々とながら作られています。水牛には頼っていないですが。

水牛はアジアでは重要な労働力。農耕などで大活躍していますね。

こちらは三十年近く前に訪れた、インドネシア中部での農耕風景。
古いフィルム写真をデジタルで撮影しなおしているので、かなり
ぼやけていますが。力持ちの水牛を御す農家の人も大変そうです。
水牛の歌が見つからなかったので、恐縮ながら拙作を。

  軍用車続くと見えて陽炎に水牛の群れ横切りゆくのみ
                  岡部史『韃靼の羊』
タイ北部の町、ウドンタニというところで見かけた風景から。
この町はベトナム戦争時、アメリカの基地として利用されていました。
牧歌的な周囲の風景からは違和を感じるほど見事な舗装路が、真直ぐに
続いていたことを思い出します。

アメリカン・バイソンと呼ばれる、この動物も牛の仲間。
アメリカ野牛などと訳されていますが、現在では野生の
バイソンは、基本的に生息していません。
かつては西部の草原を「幅五マイル(約八キロ)にも群れを成し、
一時間以上も途切れすに移動するさまが見られた」(『Official
GuideBook of Audubon Zoological Garden』より)
ほど大量に生息していたとのことですが、西部開拓が
はじまると、まずは肉や皮革が目的で、次いで遊戯的に(!)
さらには原住民(インディアン)のなかで友好的ではない部族を
懲らしめるため、彼らの生業に繋がるとして殺戮、絶滅に追い込まれた
のです。現在は動物園や保護センターなどで見られるのみ。

私は学生時代に「動物と子供たちの詩」という映画を観、ここで
バイソンが殺戮されていく様子を知って、衝撃をうけたことを
覚えています。鑑賞前はこののどかな題に、全く違う映画を想像
していたのに。とても悲惨で辛い映画でした(ちなみに主題歌を
歌っていたのは、かのカーペンターズでした)。

写真が顔の部分しか用意できなかったので、全体像を図示してみると、
こんな感じ。きっと穏やかな性格の牛だったのではないかな。
上半身だけパフスリーブ付きのおしゃれなセーター着てるのに、パンツ
はき忘れちゃった、みたいなお惚けスタイルで、笑いながら、泣けそう。

岡部史です、こんにちは。
年末にはいつも翌年一月のフリマで配るフリペのために、
みんなで干支の歌を作っていましたね。それさえ、この度はなく(さびし~)。
今年の干支は牛。ということで、牛の仲間を呼んでみることに。

写真は、インドの町なかをふらつく野良の牛です。セブーと呼ばれるコブ牛?

  野良牛がゴミ屑の山に頭(づ)を入れて食ひゐる横に犬も来て食ふ
                        河野裕子『庭』

ヒンドゥー教徒の間では神様の乗り物、ともいわれ神聖視されているので、
インドで牛は、食用されていないのです。
ちなみにマクドナルドがインド進出を果たしたのは九十年代の半ばでしたが、
その時、ラム挽肉百%によるハンバーガーが開発されたそうです。インドを
訪ねた今世紀の初めの頃に、このラムバーガーを味見してみましたが、
なかなか美味でした。

野良の牛の多いインドですが、他にも野良の動物は沢山いて、普通に街中を
歩いているんですね。

ララララ、ヤギさんも~。
こちらは、インド北部(アグラから南に200キロくらい)に位置する、
ジャンシ―という街の駅で撮影したもの。線路歩いていて、危ないよ~。
でも列車はいつもゆっくりなので、ヤギさんものんびり。

こちらは猪の親子。熱心に線路の間から食べ物を漁っている様子。
同じジャンシー駅でのスナップです。ちなみにこの駅では列車が
二時間も遅れ(理由はわからない)、その間、十種類くらいの野生動物に
遭遇しました。地球はみんなのもの。インドに行くとそんな感じがします。

京都といえばお漬物の美味なところ。行けば何かしらお土産に
購入してきます。千枚漬けとか、すぐきとか。町なかの小さな
お店で購入した方が美味しいのは分かっていても、なかなか
時間が取れず、駅中で買うしかなくっても、やはり買ってしまう。
 

とりわけ有名なのは柴漬けですね。写真は、三、四年ほど前、
大原の方へ出かけたときに見かけた、紫蘇の畑です。ああ、
これが柴漬けに使われるんだなと、思わずシャッターを。

 ちそと言いしそとも言いて八百年大原に紫蘇大事にされて
                前田康子『窓の匂い』
 
そうか、柴漬けの歴史って八百年にもなるのか。
だらだらと大原の坂道を歩いて行ったことが思い出されます。
もう、八カ月、どこにもいっていない・・・。

この写真は、韓国の知人が贈ってくれた仮面劇に使われるお面の
ミニチュアです。お土産用に額装されているものです。
韓国では重要無形文化財に指定されている仮面劇がいくつかあり、
この仮面は「河回別神神楽仮面劇」という演目に使われるとのこと。
ちなみに、上から、貴族、妻、若妻、士族のお面です。

お土産用ということで、本物にどれだけ近いのか。私は韓国の
伝統的仮面劇は見たことがないので何とも言えないのですが、
このミニチュアに見る限り、日本の能面の表情の豊かさには
遠く及ばない気がするのですが。
稚拙なだけに、ちょっと、怖いです。どの顔も死相が
現れているようにも感じてしまって・・・。私は能面も含め、
お面というものがそもそも苦手なせいもあるのだと思うのですが。

大森静佳さんは、能面を彫っておられるという
ことでしたね。いつかこのコーナーにも書かれていました。
彫っている人はたぶん、その手で、いつも何か感じているはず・・。

  黒猫を撫でるその手を遠い日に私が彫った手のようにも思う
             大森静佳 『カミーユ』

我家の庭に咲く野生の白い百合。八月になるとあちこちに
咲きますが、翌年も、と期待するともう立ち消えていたり。
そして別のところに咲いたり。丈が長くなりすぎて(2m近く)、
自ら支えきれなくなって、倒れ、そのまま朽ちてしまったり。
野生ならではの奔放さです。

多摩地区はもともと野生の百合の豊富なところだったらしく、
わが家より程遠からぬ地に「百合が丘」なる地名もあります。
百合の花は散る時がちょっとみじめですね。写真にも
見えますが、細い茶色の紐のようになり、さいごには
ぽこっと、首が抜けるように散っていきます。

 さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 
             与謝野晶子『みだれ髪』

この見事だった一株も、もう今では跡形もありません。
ちなみに撮影したのは二年前なのです。

 年年歳歳 花同じからず・・・・


13日に「むろん木槿だが」と題し、上記の写真と共に、
ここに出していた記事があったのですが、まもなく
「それは芙蓉では?」というご指摘を頂き、
一旦保留にしておりました。

私が月に二、三度、用事があって訪れている
地域の道筋に、夏になるとあでやかに咲く花で、
私はずっと木槿と思っていたのです。芙蓉なら
掌状に切れ込みのある葉、でもこちらはやや卵型。

でも、指摘を受けてよくよく見ると、花のつぼみや
樹形は芙蓉のように見えますね。私の持っている
樹木図鑑には「芙蓉と木槿の見分け方」などという項目も
あり、同じアオイ科でかなり似ている花、の様ではありますが。

  名前って、いったい何なの? 薔薇と呼ばれている
  あの花も、他の名前で呼ばれたとしたって、
  その甘い香りに変わりはないはずでしょう?
       シェイクスピア『ロミオとジュリエット』

と、なんだか言い訳めいてはいますが、この写真を皆さんにも
楽しんでいただきたくて、再掲します。短歌は木槿の方を。

  今日はまだ水曜日かと言いて子は出勤したり木槿咲く道
             本間温子『書架をへだてて』

ワシントンの自然史博物館を訪れたのは、1986年4月某日午前。

コロナ籠りしていた今春、書棚を整理していて、その折に
購入したパンフを発見しました。表紙の写真は、スミロドン。
更新世と呼ばれている時代に生息していた大型獣で、
剣歯虎などと和訳されている動物。
犬歯が発達していて、英語名はSabertoothed Cat。

発見場所はロスアンジェルス郊外にあったタール溜りで、
地下のタールが砂状の地表に絶えず滲出しているような
地域だったらしい。落ち葉などでその様子がみえづらく、
動物たちが足を踏み外して一度落ちるともう、生還不能。

タール溜りでは、湿度や空気から遮断されるので、
このような完全な骨格が発見される確率が高いらしい。
それにしても見事な立ち姿、と思いませんか。

私はこの骨格の前でしばらく身動きできませんでした。
この後、博物館前に迎えに来てくれた永田和宏氏の車で、
ワシントンで開かれた歌会に参加。人生でそう多くない、
密度の濃い一日となったのでした。

スミロドンは、大型獣でしかも絶滅していて・・・。
ちょっと恐竜に似ていますよね。どんな暮らしをしていたか、
いろいろと想像をそそられます。

 首と尾を水平に伸ばすが定説となり恐竜は組み直されぬ
                   森尻理恵『S坂』
 一億年前暴君竜(ティラノザウルス)は谷のスミレを踏んだであろうか
                   三井修『軌跡』

  

新型コロナウイルスの感染拡大が顕著になり始めた
今春、東京都知事が「東京をロックダウンする可能性」
について言及した時はやはり、驚きました。まずは、
その言葉の激しさに。ロックダウン(lock down)は、
もとは、囚人を厳しい監視下に置く、というような
場合に使われる言葉でしたし。
他にもオーバーシュート、クラスターなど、英語ばかり。
よく意味が掴めないことや、その語感の
鋭さから、妙に禍々しく感じられたことでした。
その後批判されて、それぞれ「都市封鎖」「爆発的拡大」
「集団感染」などと言い換えられたりしましたが。

今では外来語化し始めて居るような状況ですね。
ズーム、テレワーク、リモート、オンラインなども
利用者が急増するにつれ、言葉も日常語化してしまいました。

もっとも浸透したのはクラスターでしょうか。
集団感染、と言えばそれで済むのに、他の病気との
差別化、という一面もあるのかな。
クラスター(cluster)はもともとは、葡萄とか藤の花、
みたいな、房状の塊を指す言葉でした。今回のコロナ騒動より
ずっと前に作られていた、こんな作品がありました。

  クラスターつまり葡萄の千房の爆弾保有すこの日本も
               中川佐和子『朱砂色の歳月』

今の日本の状況を予言したような一首ですね。

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