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アーカイブ "2020年"

9月号の編集後記で
「趣味=マスク製作、みたいになっている」
と書きました。
この度のコロナウィルス感染拡大は本当に大変なことで、ニュースに占める割合は幾分少なくなっていますが、まだまだ油断できるような状況ではないでしょう。
街に出れば、まだほとんどの人がマスクを付けています。

私も、当初はマスクをすることになかなか慣れず、顔への違和感が拭えなかったのですが、さすがに慣れてきました。
そして、どうせマスクが必要ならお洒落したい! と創作意欲が湧いてきて(笑)、いろいろと試してみました。
折角なので、少しだけ紹介を。

ふんわりひゃらひゃら、なものばかりではなく、ビジネスライクなものもあります。


こちらは「スーツで付けてもおかしくない」がコンセプト。

そして「以前ブラウスを作った時の端布で作った花柄のマスク」は、こちら。

布製のマスクには、裏地を付けてフィルターを挟めるようにしています。
また、帰宅後は速やかに洗い、塩素系漂白剤(布によっては酸素系漂白剤)で消毒してから干すようにしています。

マスク生活は確かに大変で煩わしいものですが、そんな中にもささやかな楽しみを見いだせるのなら、と思います。

この写真は、韓国の知人が贈ってくれた仮面劇に使われるお面の
ミニチュアです。お土産用に額装されているものです。
韓国では重要無形文化財に指定されている仮面劇がいくつかあり、
この仮面は「河回別神神楽仮面劇」という演目に使われるとのこと。
ちなみに、上から、貴族、妻、若妻、士族のお面です。

お土産用ということで、本物にどれだけ近いのか。私は韓国の
伝統的仮面劇は見たことがないので何とも言えないのですが、
このミニチュアに見る限り、日本の能面の表情の豊かさには
遠く及ばない気がするのですが。
稚拙なだけに、ちょっと、怖いです。どの顔も死相が
現れているようにも感じてしまって・・・。私は能面も含め、
お面というものがそもそも苦手なせいもあるのだと思うのですが。

大森静佳さんは、能面を彫っておられるという
ことでしたね。いつかこのコーナーにも書かれていました。
彫っている人はたぶん、その手で、いつも何か感じているはず・・。

  黒猫を撫でるその手を遠い日に私が彫った手のようにも思う
             大森静佳 『カミーユ』

我家の庭に咲く野生の白い百合。八月になるとあちこちに
咲きますが、翌年も、と期待するともう立ち消えていたり。
そして別のところに咲いたり。丈が長くなりすぎて(2m近く)、
自ら支えきれなくなって、倒れ、そのまま朽ちてしまったり。
野生ならではの奔放さです。

多摩地区はもともと野生の百合の豊富なところだったらしく、
わが家より程遠からぬ地に「百合が丘」なる地名もあります。
百合の花は散る時がちょっとみじめですね。写真にも
見えますが、細い茶色の紐のようになり、さいごには
ぽこっと、首が抜けるように散っていきます。

 さはいへどそのひと時よまばゆかりき夏の野しめし白百合の花 
             与謝野晶子『みだれ髪』

この見事だった一株も、もう今では跡形もありません。
ちなみに撮影したのは二年前なのです。

 年年歳歳 花同じからず・・・・


13日に「むろん木槿だが」と題し、上記の写真と共に、
ここに出していた記事があったのですが、まもなく
「それは芙蓉では?」というご指摘を頂き、
一旦保留にしておりました。

私が月に二、三度、用事があって訪れている
地域の道筋に、夏になるとあでやかに咲く花で、
私はずっと木槿と思っていたのです。芙蓉なら
掌状に切れ込みのある葉、でもこちらはやや卵型。

でも、指摘を受けてよくよく見ると、花のつぼみや
樹形は芙蓉のように見えますね。私の持っている
樹木図鑑には「芙蓉と木槿の見分け方」などという項目も
あり、同じアオイ科でかなり似ている花、の様ではありますが。

  名前って、いったい何なの? 薔薇と呼ばれている
  あの花も、他の名前で呼ばれたとしたって、
  その甘い香りに変わりはないはずでしょう?
       シェイクスピア『ロミオとジュリエット』

と、なんだか言い訳めいてはいますが、この写真を皆さんにも
楽しんでいただきたくて、再掲します。短歌は木槿の方を。

  今日はまだ水曜日かと言いて子は出勤したり木槿咲く道
             本間温子『書架をへだてて』

ワシントンの自然史博物館を訪れたのは、1986年4月某日午前。

コロナ籠りしていた今春、書棚を整理していて、その折に
購入したパンフを発見しました。表紙の写真は、スミロドン。
更新世と呼ばれている時代に生息していた大型獣で、
剣歯虎などと和訳されている動物。
犬歯が発達していて、英語名はSabertoothed Cat。

発見場所はロスアンジェルス郊外にあったタール溜りで、
地下のタールが砂状の地表に絶えず滲出しているような
地域だったらしい。落ち葉などでその様子がみえづらく、
動物たちが足を踏み外して一度落ちるともう、生還不能。

タール溜りでは、湿度や空気から遮断されるので、
このような完全な骨格が発見される確率が高いらしい。
それにしても見事な立ち姿、と思いませんか。

私はこの骨格の前でしばらく身動きできませんでした。
この後、博物館前に迎えに来てくれた永田和宏氏の車で、
ワシントンで開かれた歌会に参加。人生でそう多くない、
密度の濃い一日となったのでした。

スミロドンは、大型獣でしかも絶滅していて・・・。
ちょっと恐竜に似ていますよね。どんな暮らしをしていたか、
いろいろと想像をそそられます。

 首と尾を水平に伸ばすが定説となり恐竜は組み直されぬ
                   森尻理恵『S坂』
 一億年前暴君竜(ティラノザウルス)は谷のスミレを踏んだであろうか
                   三井修『軌跡』

  

新型コロナウイルスの感染拡大が顕著になり始めた
今春、東京都知事が「東京をロックダウンする可能性」
について言及した時はやはり、驚きました。まずは、
その言葉の激しさに。ロックダウン(lock down)は、
もとは、囚人を厳しい監視下に置く、というような
場合に使われる言葉でしたし。
他にもオーバーシュート、クラスターなど、英語ばかり。
よく意味が掴めないことや、その語感の
鋭さから、妙に禍々しく感じられたことでした。
その後批判されて、それぞれ「都市封鎖」「爆発的拡大」
「集団感染」などと言い換えられたりしましたが。

今では外来語化し始めて居るような状況ですね。
ズーム、テレワーク、リモート、オンラインなども
利用者が急増するにつれ、言葉も日常語化してしまいました。

もっとも浸透したのはクラスターでしょうか。
集団感染、と言えばそれで済むのに、他の病気との
差別化、という一面もあるのかな。
クラスター(cluster)はもともとは、葡萄とか藤の花、
みたいな、房状の塊を指す言葉でした。今回のコロナ騒動より
ずっと前に作られていた、こんな作品がありました。

  クラスターつまり葡萄の千房の爆弾保有すこの日本も
               中川佐和子『朱砂色の歳月』

今の日本の状況を予言したような一首ですね。

昔のアララギの歌会は、植物の名前を知らないと「図鑑を見ろ」と叱られたという伝説は、それほど誇張ということでもないだろう。それはそれとして、図鑑で覚えればよいというものでもなくて、なまじ図鑑による先入観であれこれ言うより、実見のおどろきのほうが歌のネタとしては新鮮だ。
で、当然それは植物だけのことではなくて、鳥獣虫魚、その他人工的なあれこれでも同じこと。
 
……と言いながら、細かいことを言ってしまうのだが、虫の呼称も、俗称とか土地ごとの呼び方があるからやこしい。

薔薇垣ありき幼かる我と黄金虫と花粉に酔いき/高安国世『一瞬の夏』

「黄金虫」というのが、これまたややこしくて、野口雨情の「黄金虫は金持ちだ」の「黄金虫」はゴキブリのことだと言われている。図鑑的な狭義コガネムシは花粉まみれになることはそう多くない。花粉にまみれるのはコガネムシ科のハナムグリの類。

鉄線の花に睦める青黄金虫(カナブン)別れ飛び立つ素気もあらず/『湖に架かる橋』

これもハナムグリだろう。
カナブンというのも、コガネムシ科の一グループ。
ハナムグリに近いけれど、ハナムグリが花粉や花の蜜を好むのに対して、カナブンは樹液のあるところに集まるもの。
 
総称的にはハナムグリもカナブンもコガネムシ。カナブンで総称している人もいる。
 

重箱の隅つつくのが楽しいんじゃないんです。
 
目の前にいるのは、おまえは誰だ? というのが楽しいのです。
 
そういう意味で、図鑑(最近は、図鑑的なインターネット)をあたるのが楽しいのです。
知らないものは見ても気づかないということもあるから、図鑑をぱらぱらやっていて野に出ると、いろいろ目にはいってくる。
 
 
やたらと多いのは緑色のコガネムシの、たぶんこれはアオドウガネ。
そのへんの草むらとか、夜に網戸にやってくるのは、だいたいこれ。 

花に首をつっこんで花粉にまみれるのではなく、花そのものを食っている。

葉もむしゃむしゃと。

先日、朝の散歩で出会ったのは、この御仁。
川向うにいるのを望遠でぱちり。

左京区の岩倉あたりだと、珍しくもなんともないのだろうが、このへんでは出没情報が市役所の広報サイトに乗る。
ただ……

朝より幾たび叫(おら)ぶ広報か出没自在な猿をいましめ/植松法子『かたじけなくも』

のように、広報車が大きな声で注意をよびかけてしまったりすると、どうだろう。
あんまり刺激しないほうがいいのかもしれない。

前日あたりから市内に出没情報があり、この日はこのあと川沿いにもうすこし南まで。
翌日には住宅地のなかを北上しているらしく、そこここで目撃されている。

翌々日になって、別の川を渡って山が近くなったあたりで目撃情報は途切れた。

山に帰ったのか。


 
クモの巣でクモが動いている。
 
破れた網を直しているのかと思ってしばらく見ていると、
どうもそういうことではない様子。
 
どんんどん網が消えてゆく。
外して外して、自分のところにたぐりよせている。
 
考えてみれば、
直すにしても、いったん片付けてからでないときれいなものはつくれない。
 
そうなのだが、
実際に壊す=片付ける場面は初めてみた。
 
調べてみると、オニグモ(写真のこれは違うと思う)などは、毎朝片付けて、夕方に新しい網を張るということが知られているらしい。自分で出した糸は自分で栄養?として食ってしまって、ふたたび糸をつむぎだす(と言うのか?)のだそうだ。

美しき平行線を張りいそぐ蜘蛛の行ひためらひもなし/高安国世『眞實』

巣をつくるところは歌の題材になるが、よく見てると、クモもいろんなことをしている。

   *

台風に備えて?

だったらすごいな。

台風の影響を受ける地域のみなさん。お気をつけて。

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