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アーカイブ "2017年"

今日は第2金曜日。
私が1ヶ月の中で最もハードだと思っている日です。
なぜなら、朝6時起きで午前中は難波でアイスダンス教室(教室1時間+フリー滑走1時間)、その後はその足で約1時間半かけて京都に移動し、塔事務所で初校作業、という一日だからです。
実際、翌日の土曜日はぐったりしていることが多いです(笑)

なんですが、今日はその後、さらにもう一つ用事を入れてしまいました。
↓これです。

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なんと言っても30年以上の『ガラかめ』Fanですから!
(おそらく北島マヤが歴代演じてきた演目・役名はほとんど空で言えるのではないかと…)
もちろん、自宅にも全巻揃ってます。

主に原画が数多く展示されていたのですが、…もう「感激」などという言葉では言い表せません。
原画を生で初めて見た、大切なあのシーンはこうやって書かれたというのを見た…。
…いやあ、人間本当に感動すると極めてボキャ貧になる、というのを改めて実感。

私は、美術館や美術展などは絶対に一人で行きたい派です。
とにかく、自分のペースで、自分のこだわりを持ってじっくり見たいのです。
今日はもちろん一人でしたし、幸い混んでいなかったので、心ゆくまでじっくり原画を見ることができました。
ああ、なんと至福の時間よ!

先週、青蟬の会が主催しているクロストークに行って、「絵画と短歌」というテーマで吉川宏志さんと松村正直さんのお話を聞く機会があったのですが、その話を聞いた上で、今回の展示に行ったので、より一層味わい深いものになった気がします。
美内すずえさんが制作するときの息づかいのようなものまで感じ取れた気がしました。

で、最後は「くりあふぁいるこれくたー」を自認する私ですから、こうなります(笑)
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これら全て、今回の「ガラスの仮面展」オリジナルのもの。

ちなみに、↓このクリアファイルは
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白い紙を挟むと、こうなります。
写真 2017-12-08 22 21 59

「マヤ、恐ろしい子!」

美術館「えき」KYOTOで、12月25日まで。

前回「もう12月です!」と書きましたが、みなさんは「12月」と聞いて何を思い浮かべますか?
クリスマス、年賀状の用意、年越しそば…。
いろいろあるかと思いますが、私が思う一つは「第九」です。

私は大学時代、大学のオーケストラに入っていたのですが、そのオーケストラの年内最後の練習のときには、恒例行事がありました。
「お遊び」です。
ここで言う「お遊び」とは、初見大会のことです。
事前に募って決めていた数曲を、その場で譜面を配り、みな初見で(つまりその場で初めて譜面を見て)演奏して楽しむ、というものです。
これはオーケストラをやっている者にとって、最高に楽しい遊びの一つでした。

この「お遊び」は年に2-3回やっていたのですが、年内最後の「お遊び」のときは、「必ずこの曲で締めくくる」という曲がありました。
そう、ベートーヴェン作曲交響曲第9番「合唱付」、いわゆる「第九」です。

ご存じのとおり、この曲では第4楽章にソプラノ・アルト・テノール・バリトンの合計4人のソロに、混声4部の合唱が入ります。
これらの「歌う部隊」も、ソロも含めて全員団員がまかないます。

私はこのソプラノソロのパートを、社会人になってからも含めて合計6回ほど務めさせてもらいました。
きっかけは、1回生のときに歌う先輩を見て「ああ格好いいな!」と思っていたところ、その先輩が就職して続けられなくなったので、「じゃあおまえやれ」とお鉢が回ってきたことです。
思い切り歌うのは気持ちよさそうだし、何よりど素人が「第九」のソプラノソロを歌えるなんていう機会は、まずないじゃないですか。
それに、私は高音を出すことに関しては、少しばかり自信があったのです。

歌うことになったのはよかったのですが、歌詞は全てドイツ語!
ドイツ語を習ったことなどない私には、歌詞の意味はもちろん、発音も分からない…。
でも、先輩の「まあローマ字読みしておけば、ほぼ間違いない」との指導(?)により、何となくそれらしく歌うことはクリア。
あとは音程をとることで、BOXのぼろいピアノで何度も旋律を弾いては歌い、どうにかたたき込みました。

で、やっぱり気持ちいいんですよね!
発音もめちゃくちゃなら、音程もちゃんと取れていたか怪しいものですが、すごく充実感を感じました。
そして、そこから6年ほど連続して歌うことになったのです。

1994年の年末は、翌年、つまり1995年1月に定期演奏会を控えていました(私は出なかったのですが)。
その定期演奏会では、客演指揮者に、あの佐渡裕氏を迎えることになっていました。
佐渡さんというのは大変気さくな方で、この年末の「お遊び」に、特段その日に佐渡さんを迎えての練習があったわけでもないのに、わざわざ来てくださったのです!
その年の「第九」は、もちろん指揮は佐渡さん。
そればかりか、なんとバリトンソロも佐渡さんがこなすという、二刀流!
佐渡さんのバリトンソロを間近で拝聴するなんて、無茶苦茶贅沢でしたね。

この時も私はソプラノソロを担当したのですが、佐渡さんの指揮で歌うと、もう抜群に歌いやすいのです。
これまでの学生指揮者の方には申し訳ないですが、もう全然違いました。
指揮に合わせて歌う、というよりも勝手に私の中の声が引き出されてしまう、という感じ。
私にとっては、本当に貴重な経験になりました。

この時の様子が、なんと写真に残っているんですね~。
左端で、合唱団の方に振り向いて指揮をしているのが佐渡さんです。
94.12.28 第九の写真3

で、この話には続きがあります。
1995年1月の定期演奏会は、京都公演が17日でした。
そう、あの未曾有の災害として記憶される、阪神・淡路大震災の、まさに当日でした。
とんでもない地震が起きたという認識は十分すぎるほどあり、しかしながらあまりにも大きな地震だったため、この時点では被害状況も全容が全く分からない中、この演奏会は行われました。

演奏会の冒頭、指揮台に立った佐渡さんは、おもむろに客席の方に向き直りました。
そして「この演奏を今日の震災で亡くなられた方々に捧げます」と静かな声で告げた後、再びオーケストラに向かって演奏を始めました。
曲は、マーラー作曲の交響曲第9番でした。

こんにちは、小川和恵です。
もう12月です!この前「2017年になった」と思っていたのに…。
大阪もだいぶ冷え込む日が増えてきて、寒がりの私には少々つらい季節ですが、「こんなんで寒がっていては東北や北海道の方に申し訳ない」と思いながら耐えています。

さて、私の生まれ育った埼玉県川口市には、その名も

  十二月田

という地名があります。
正確には行政区画としての町名からはすでに消えてしまったのですが、今でも「十二月田小学校」「十二月田中学校」などには残っています。
この地名、結構難読で、埼玉県民でない人にはもちろん、埼玉県民であっても川口市民でない人なら読めない人も多いのではないのでしょうか。
さて、なんと読むでしょう?

正解は

  しわすだ  

です。
聞いたら「なぁんだ!」という感じですよね。
川口市も広くて、当時私の住んでいたところからはだいぶ離れていたので、残念ながら行ったことはありません。
でも、母の知り合いの娘さんが十二月田中学校に通っていたりして、地名だけはばっちり知っていました。

では、なぜこの地域が「十二月田」と呼ばれるようになったのか。
それを調べてみました。
すると、『新編武蔵風土記稿』という江戸時代に編纂された地誌の「巻之140 足立郡之6」に「十二月田村」という記述があり、そこにはこんな記載がありました。

新編武蔵風土記 十二月田村

 十二月田(シハスダ)村
 十二月田村は、昔十二月晦日、狐來りて、杉葉を以て田を植るさまをなせしより、
 此村名起れりと云奇怪の説なり。

(読みやすくするために、カタカナはひらがなに直し、適宜句読点を補充しました。)

要するに、大晦日に狐がやって来て、杉の葉で田植えの真似をした、というのが起源らしいのです。
なにか、かわいらしいですね。

この辺りには「十二月田稲荷神社」という神社もあります。
もちろん、総本山は京都の伏見稲荷大社。
稲荷信仰は、古くから稲作とも深く関わっているので、そういったものも背景に、地元の農民の五穀豊穣を祈願する思いが、このような伝承につながったのでは、と考えられているそうです。

ちょっと行ってみたくなりました。
そこで、狐が杉の葉を持って田植えの真似をしているのを想像するのも楽しそうです。

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アメリカに滞在していた時、中東マーケットで購入した

お菓子を作るための木型で、タビと呼ばれているものです。

後方の本はやはり滞米時に購入した中東料理の本ですが、そこに

使い方が出ています。ナツメヤシで作った餡を包んで、型抜きして

作るこのお菓子は、アラビア語で、マアームル(Ma’amul)と

呼ばれています。中東のお菓子は甘くて美味です。男の人たちも

お酒が飲めないため、お菓子が大好きだから、かな。

歌人の宮英子さんはご実家が和菓子店だったらしくて、独特の

用具名を詠み込んでおられますね。

筕篖(あんぺら)の砂糖叺(かます)を置き並(な)めし

母屋につづく和菓子仕事場       宮英子『青銀色』

 

あんぺらとは、藺草で編んだむしろのことらしいです。

どんなふうに使ったんでしょう。

 

皆様

既報の通り、『永田和宏作品集Ⅰ』およびこれまでの全業績に対して、現代短歌大賞が贈られることが決定いたしました。

授賞式は
12月14日(木)18時〜
学士会館(東京神田) https://www.gakushikaikan.co.jp
会費 10.000円

また二次会も近くで行います。
21時頃〜

ご参加いただける方は
授賞式のみ
授賞式・二次会とも
二次会のみ
のいずれかで、12月6日までに永田淳までご連絡ください。

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なお、写真は本文とはまったく関係ありません。博多のせいもん払い。写真倉庫からの掘り出し物です。

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夏目漱石が甘党だったことは良く知られていますが、なんと没後百年にして
未公開だった著作が、発行されたようです!? その名も「漱石羊羹」。
って、驚いてしまうところですが、こちらは漱石文庫のある東北大学図書館と
仙台の和菓子の老舗「白松がモナカ本舗」が共同で製作、限定3000個発売の
羊羹そのものなんでした。開けてみると、こんな風に、

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二本の羊羹が収まっていて、紅茶味、そして漱石が好物だった落花生味。
仙台在住の、大学の先輩が送ってくれたものです。お味も、もちろん、
美味しかったけれど。落花生が好きで、結局命を縮めることになってしまった
漱石を思うと、ちょっと複雑な気持ちでした。

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関西ではあまり知られていないようですが、東京では11月の酉の日に、鷲(大鳥)神社で、
酉の市が開かれています。今年は一の酉が6日、二の酉が18日、三の酉が明日30日。
東京下谷の大鳥神社では、近くの足立区が米どころだったため、農具を販売して
いたところ、最もよく売れたのが熊手だったのだとか。農家が減ると、熊手は「お金を
かき集める」という縁起に結びついて売られるようになり、この写真のように、
「いったい、どこが熊手!?」と驚くような装飾を施したものへと変わってきた
らしいです。私が出かけたのは、横浜市内にある大鳥神社で、規模は小さいようですが、
でも、大変な賑わいでした。食べ物を売る屋台もずらっと並んでいて、
あちこちから美味しい匂いが漂ってきて・・・。鳥にひっかけたのか、
焼き鳥屋さんも多いんだよね。

     三の酉みち聞いて人ゆきにけり   長澤石猿

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先月中旬、まだ紅葉には間があったのですが、急に思い立ち、
高尾山に行ってきました。多摩南部にある我が家から一時間弱です。
高校時代の三年間、毎年健歩大会と言うのが開かれていて、
三年の時はこの高尾山だったので、思い出の地でもあります。

でも、高尾山が句碑や歌碑の多い地だということに初めて
気が付きました。高校時代は短歌にもあまり興味なかったし。
今思うと、なんとも危うい時期を過ごしていたなあ、よく
まあ、ごく普通に大人になれたなあ、とちょっと感慨深いです。
写真は北原白秋の碑。かなり風化していて
読みにくかったので、写真ではましてわからないのでは、
と思いますが、

  我が精進(さうじ)こもる高尾は夏雲の下谷うづみ波となづさふ
                       北原白秋『橡』
という作品です。

  

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現代歌人特集「永田和宏」全57ページ。

・新作50首「入院前後」
・永田和宏インタビュー「前衛の頃、そして今」聞き手=大辻隆弘
・永田和宏の素顔 三枝昻之ほか
・名言と迷言 江戸雪
・僕が何者でもなかった頃 永田和宏
・初めて父について書く 永田淳
・永田和宏全歌集レビュー 藪内亮輔ほか
・座談会「キーワードで解く永田和宏」小池光×吉川宏志×池田はるみ

皆さん、どうぞお読みください。

いわき市で開かれている常磐歌会に行ってきました。
不定期に、今のところ年に2回ほど。
茨城県北部~福島県浜通り在住の方を中心に、といっても福島県内はもとより、かなり遠いところから参加する人もいて、充実した歌会です。
 
不定期なので告知は載せていませんが、参加したいという人は、私または小林真代さんに声をかけてください。

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2005年の全国大会(宮城・松島)のときには、常磐線に乗って来たうちの子どもたちと仙台で合流したりしたのだが、東日本大震災と原発の事故で常磐線は不通。これまでは広野駅までの運行だったが、今回は富岡までの表示が出ていた。
原発事故終息というにはまだまだだが、少しづつ、いろいろと回復しているのだ。
 
歌会までの時間が少しあったので街中散策。
古い商家を再生したお洒落な店があったり、空を見上げている像があったり。

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